ENo.0160　Anny=Tolle

　普段暮らしている城の廊下をうろうろしていた女が唐突に自身の部屋のドアを開く。
　その先にあるはずの殺風景な部屋は影もなく、広がっているのは広大な薔薇園とその奥に見える蔦に覆われた真っ白な城だった。

　当たり前のように目の前の光景を受け入れ常よりも弾んだ足取りで女は城を目指して足を進め、内部に入ると長い回廊を行ったり来たりあるいは同じ場所をぐるぐる回ったりと、同行者がいれば頭の状態を疑われる行動を黙々と行っていた。

　無駄に曲がり角の多い回廊に入り行き止まりに到達すると壁の真ん中を五回ノック。

「ペルレイシスです」

　無愛想ははずの顔にうっすら笑顔を浮かべた女が弾んだ声音で壁に向かい己の名を告げると、音もなく壁が左右に割れて先に細く地味な廊下が続く。
　逸る気持ちを表すような足取りで女が廊下の終わりにある扉へ手をかけ中へ入る。

「主様っ」

　部屋の主と思われる角を持つだらしないスウェット姿の男が振り返った。

「よく来たな、ペルレイシス。経過を聞かせてもらおうか」
「はい、主様！」

　鮮やかな紫と緑の瞳を向けられると女は蕩けるように笑う。


　商売の状況と己の弟の優秀さを嬉しそうに話していた女の表情は終盤に差し掛かると明らかに曇っていた。

「――主様。このままでは、俺はトトアを壊してしまうかもしれません」
「理由は」

　潤む目を隠したいのかごまかしたいのか、女の瞬きが増える。

「主様への敬愛と忠誠が感じられないからです。…主様、俺は主様のアニー＝トルです。ですから、あの態度を許すことができません」

　なるほど、と感情の籠もらない声を男が漏らすと、女はびくりと肩を跳ねさせる。

「許せないのであれば始末しろ。既にその権限は与えているはずだ」

　はい、と震える声で女は返事をするが、すぐにブンブンと首を振って縋るように主を見つめる。

「主様、どうか――」


　鮮やかな瞳の男は頷くことで、女のワガママを受け入れた。

ペルレイシスとトトアを生み出した本来参戦すべき魔王の根城。

領域には丁寧に整えられた色とりどりの薔薇園とその中央に鎮座する巨大な蔓薔薇の蕾。
本来は真っ白だっただろう城壁には蔦がびっしりと張り巡らされて深緑に染まっている。

魔王が出てくることはほぼなく、城のどこかにあるプライベートルームに引きこもっている――はずだったが最近は薔薇園で薔薇の手入れをしている姿が度々目撃されているようだ。