ENo.0160　Anny=Tolle

　女が頬が膨らむほど口いっぱいにフレンチトーストを頬張って食べている。普段ならちまちまと少しずつ食べて楽しむのだが、今回は大量にあるので思い切り頬張って楽しんでいるのだ。

「兄さんって、甘い物結構好きッスよね」

　真剣な顔になったり表情を蕩けさせたりと忙しい女をマグカップを持っているだけの男が対面で見ている。
　毎日のおやつの時間で物を食べるのも飲むのも、女一人だ。

「……んぐっ。ええ、まあ、好きですよ。それ以上に、これは主様からのご褒美ですからね」
「あー、なるほど。だからそんなに幸せそうなンスね」

　男の指摘が気に入らないのか、ただ恥ずかしかったのか、む…と女が目つきを鋭くさせる。男がマグカップを置いて両手を上げてすみませんッスと謝るとすぐに目つきを和らげて大口でフレンチトーストを一切れ頬張る。

「……ほうひえば」
「飲み込んでから喋ってくださいッス」

　尤もな注意を受け女は素直に黙り、もきゅもきゅと咀嚼をしっかり行ってから飲み込む。

「そういえば、お前はご褒美に何を頂いたんです？」
「え？」

　どこか噛み合わないやり取りの後、あまり心地よいとは言えない沈黙が流れる。

「兄さん、俺はただの補佐ッスよ？褒美なんて、あるわけないじゃないッスか」
「えっ」

　常に眠たげでやる気のない表情の女が珍しく驚きに表情を変える。すぐに取り繕うように咳払いをするが、男は珍しい物を見たと言わんばかりにガン見していた。

「そういうものですか」
「そういうものッスよ」

　更に珍しいことに主の判断が気に入らないのか、女は少々不満げに口をへの字に曲げてふんっと鼻を鳴らす。

　再びフレンチトーストを頬張るが、表情の陰りが払われる様子はなかった。

ペルレイシスとトトアを生み出した本来参戦すべき魔王の根城。

領域には丁寧に整えられた色とりどりの薔薇園とその中央に鎮座する巨大な蔓薔薇の蕾。
本来は真っ白だっただろう城壁には蔦がびっしりと張り巡らされて深緑に染まっている。

魔王が出てくることはほぼなく、城のどこかにあるプライベートルームに引きこもっているようだ。