ENo.0160　Anny=Tolle

「なんというか……忙しねえですねえ」

　一仕事終えた二人が各々寛いでいる。
　女は余裕の表情で甘い紅茶を飲んでいるが男はといえばぐったりとソファーに伏せていた。

「忙しないどころじゃないッスよ……目まぐるしく変わりすぎッス…」

　店舗の大幅な改造を任せられた男は体力が限界なのかマスクが原因のザラザラとしたノイズに消されそうなほどか細い声で喋る。
　女は呆れたような憐れむような、そんな顔で男へ視線をやると普段から下がり気味の眉尻を少しだけ下げた。

「今日の営業は全部俺だけでやりますから、お前は休みなさい」
「え…でも……」

　女の思わぬ申し出に驚いたのか、男は思わずといった様子で顔を上げる。

「でもじゃねえんですよ。そんな調子じゃ裏方任せても絶対しくじりやがるでしょう」
「あっはい…そッスね…。じゃあ、すんませんッスけど、今日は休ませてもらうッス」

　女の言いようはかなり乱暴だが、男は気にした素振りもなく声に笑いを滲ませて返答すると体を起こす。

「それじゃ…おやすみなさいッス」
「ええ、おやすみ。しっかり疲れを取るんですよ、お前がいつまでも役立たずでは困りますから」

　はいッス、と返事をして自室に引き上げていく男を見送り、女は残りの紅茶を一気に飲み干す。

「俺だって弟の心配くらい、しますよ」

　ポツリと呟くと女は大きく伸びをし、カップを持って席を立った。

ペルレイシスとトトアを生み出した本来参戦すべき魔王の根城。

領域には丁寧に整えられた色とりどりの薔薇園とその中央に鎮座する巨大な蔓薔薇の蕾。
本来は真っ白だっただろう城壁には蔦がびっしりと張り巡らされて深緑に染まっている。

魔王が出てくることはほぼなく、城のどこかにあるプライベートルームに引きこもっている――はずだったが最近は薔薇園で薔薇の手入れをしている姿が度々目撃されているようだ。