ENo.0160　Anny=Tolle

　ソファに座る女が半ば埋まりながら自身の尾の手入れをしている。主から最低限必要な身だしなみの道具として最初から持たされていたとかし櫛と動物の毛でできたブラシとを併用して入念に手入れを行いふわふわでつやつやな毛並みを保っているのだ。

「いつも思うンスけど、毎日入念な手入れしないといけない体って大変じゃないッスか？」

　隣に座る男は言いながら自身の一部だけ長い髪に櫛を入れて三つ編みを作り終わったところだった。手先は器用であるし根本から少ししか三つ編みにしないのでそれはすぐに終わるのだ。
　その横で尾の手入れをしている女はまだ半ばにも達していないので思わずそう声をかけたようだ。

「まあ大変ですよ。ですが主様にこうあれと生みだしていただいたんですから、常に整えておくべきでしょう」

　ふんす、と整えてる最中の尾を揺らしながら誇らしげに胸を張る女に男はそうッスか、と微笑ましく思っているのが滲む柔らかい声音で返す。

「思ったンスけど、どうせいつも根本の方は手伝ってるンスからブラシは俺が担当して梳くのをね――兄さんが担当した方が早くないッスか？」
「……お前は天才ですか。名案です、すぐにそうしましょう」

　女の食いつきが予想以上だったのか男は若干引き気味でウッス…と返事をするとブラシを手に取り手伝い始める。

　暫しの間黙々と二人で手入れを進めていたのだが、不意に女が顔を上げた。

「そういえばというかどうしても引っかかっていたので聞きますが、お前こそ…その、体に不満はないんですか」

　女が歯切れ悪く尋ねると男の手が不自然に止まり沈黙する。

「――ない、わけではないッス。でも主様はわざと俺をこう作ったわけじゃないのも知ってるんで、なんとも言えないッスね。…欲を言えば普通の生活はしてみたい気持ちはあるッス、ベッドで寝るのは気持ちよさそうッスから」

　女の補佐の為にと足りない資材をかき集めて最低限形にするように作られた男は食事はできずマスク無しでは呼吸すらままならない。眠る際はベッドではなく自室に置かれた培養槽に入り休眠していて、心身ともに健全とは言い難い生活をしている。

　女はそうですか、と返すと八割ほど手入れの終わった尾を離し、スリッパを脱いでソファに足を上げて男に背中を向ける形で座り直す。

「いつもどおり手の届かない場所、頼みますよ」
「了解ッス」

　男は優しくかつ手早くブラシと櫛を併用して根本まで尾を整えていく。
　根本まで終われば最後に全体を整えるようにもう一度櫛を入れて完成だ。

「終わったッスよ……またッスか」

　集中していた意識を緩め顔を上げれば女は俗に言うごめん寝状態ですやすやと寝息を立てている。男はふぅ、とため息のような音を漏らすとブラシと櫛を定位置に片付ける。女が手入れの終わりに寝ているのは半々程度の確率なので慣れているのだ。

　失礼するッスよ、と優しく声をかけると男は女をごめん寝から寝やすいようにソファに横たえる。その間起きないのはいつものことなのでテキパキと進めて毛布をかけてやる。

　眠る女に聞こえていないだろうがまた後で、と声をかけると男は開店前の確認の為に店舗へと向かっていた。

ペルレイシスとトトアを生み出した本来参戦すべき魔王の根城。

領域には丁寧に整えられた色とりどりの薔薇園とその中央に鎮座する巨大な蔓薔薇の蕾。
本来は真っ白だっただろう城壁には蔦がびっしりと張り巡らされて深緑に染まっている。

魔王が出てくることはほぼなく、城のどこかにあるプライベートルームに引きこもっている――はずだったが最近は薔薇園で薔薇の手入れをしている姿が度々目撃されているようだ。