ENo.0160　Anny=Tolle

　開店する数時間前。
　珍しく男の方がソファを占領し、ぐったりと寝そべっていた。

「休むのはいいですが、そのまま寝るんじゃねえですよ」

　少しは心配しているのか、女はそんな言葉を投げかけながらすぐ傍に膝を突いて男を覗き込んでいる。落ち着きなく尻尾をぴこぴこさせて常よりも眉が下がっている。

「寝ないッスよ…。こんな死に方は嫌ッス…」

　呼吸する度に響くマスクのノイズでかき消されそうなくらいには弱々しい男の声を聞き、女の耳がへたりと垂れる。

「……キツイんなら商品製造全部引き受けるんじゃねえですよ」
「やれると思ったンスよ…」

　前回に仕上げて今回マーケットに出した"Tesebose"を店舗に陳列する分全ての製造と、今回仕上げて次回マーケットに出す"Orphitt"の作製を男が引き受け、女は男がやれると言ったのをまるっと信じて任せてしまった。
　結果がこれだ。

「今日の営業も全部俺だけでやりますから、お前は休みなさい」

　男は僅かに頭を上げるが、すぐに軽い音を立ててソファに沈む。

「うッス……」

　遠慮する気力も動く気力もない男の様子を見て女は深く息を吐くと、軽々と男を抱き上げて立ち上がる。

「ね――兄さん…？」

　女はちらりと男の顔を見たがすぐに顔を上げて歩きだす。

「部屋まで運びます。営業している間にお前がここで寝て死んでしまっては、主様に顔向けができねえんですよ」

　男が小さく詫びると女は何も言わず眉間にシワを寄せ、ドスドスと乱暴な足取りでリビングを出て行った。


　男を無事自室まで送り届けた後女は店舗の最終確認を行うと、連続して休む事になった男の定位置を見て耳を垂らし、心持ち悄気た顔で営業に臨むのだった。

ペルレイシスとトトアを生み出した本来参戦すべき魔王の根城。

領域には丁寧に整えられた色とりどりの薔薇園とその中央に鎮座する巨大な蔓薔薇の蕾。
本来は真っ白だっただろう城壁には蔦がびっしりと張り巡らされて深緑に染まっている。

魔王が出てくることはほぼなく、城のどこかにあるプライベートルームに引きこもっている――はずだったが最近は薔薇園で薔薇の手入れをしている姿が度々目撃されているようだ。