ENo.0056　ありふれた白紙の魔王

「……ていうことがあったんだが、いないのか？　兄弟姉妹とか……」
「わかんない」

　数時間前に見た幽霊の話を向ければ、返ってくるのはそんな答えである。
　思わず、いや俺じゃないんだからさ、と返したくなるくらい答えに詰まった。もうそのまま言ってしまってよかったかもしれない。
　俺だって親兄弟の話など欠片も思い当たらない身だ。ふとこの拍子に都合良く記憶が蘇ったりすれば別だが。

「私、親とかきょうだいのことって知らないし」
「もしかしてお前も記憶喪失だったんじゃないのか」

　そして結局そのまま言った。
　彼女は一瞬目を丸くして、それから違う違うと顔の前で手を振る。

「私、ホントに両親が誰かわからないのよ。
　気がついたら魔王のところで、他の護衛と一緒にみんなまとめて子供として育ってたの」

　今度はこっちが目を丸くする番だ。
　自分が「普通っぽい見た目なのにぜんぜん普通じゃない」とか言ってこの名前を付けたのに、そっちだって見た目の割に全然普通の育ちじゃないじゃないか。
　ただ全然屈託なく話してるけど、あんまり聞くべきじゃなかったかと思うくらいの冷静さはあり。

「…………あー、えーと、ごめん？」
「えっ、なんで？」

　戸惑いつつの謝罪は悪気なく一蹴された。

「……もしかしてこの世界の護衛ってそんな感じで育つのが普通？」
「護衛に関してはホント出所が千差万別！
　普通の育ちって言われてもよくわかんないのよね、あなたも召喚先とか力の持ち方が違ったらどこかの魔王のところのウィザードとかだったかもしれないし」

　言われてみればそりゃそうだ。
　彼女が相当に人間そのままの容姿をしているからついそういうものだと思ってしまったが、考えてみれば護衛には人型からスライム、メカまでいるんだから一様なわけがない。
　俺だって自分の護衛をどこから召喚しているのかはよくわかっていないまま、魔王の力に任せるまま呼び出しているわけだし。

「でも……いたらいいわよね、きょうだい。お姉さんがいいな」
「……そういう願望はあるんだな」
「生き別れの、そして生き写しの姉！　『ゼロのレガリア』を求める旅の途上で出会う！　小説みたいじゃない？」
「そんなことならますます普通から遠ざかりそうだな、『ありふれた白紙の魔王』の片腕がぜんぜんありふれてないじゃないか」