ENo.0013　焦がれる残火の魔王『フィリリ』

「ふー。ただいま戻りました。」

まほ太郎が、魔王のもとへ戻ってきた。
どうやら自分が負傷した後しっかりと修復された様子の城を見て、機嫌がいいようだ。

「おっ。おかえり！」

魔王もまた機嫌よく出迎える。
暖炉をがさがさやっていた火かき棒を置き、笑顔で振り向いた。

「僕がいない間、ちゃんと動いてくれていたようで安心しました。
　貴方のことだからひょっとしてさらに壊滅的なことになってるんじゃって心配でしたから。」

「あはは。ぼくのことだからって何さ～？
　ぼくだって色々考えてるんだよ？ぼくなりに。」

「貴方なりにね。
　目が覚めて、“どうやら僕の性質が書き変わったらしい”と気づいた時にはヒヤッとしましたけど。
　これも考えのうち、ということですね？」

魔王はにまりと笑みを深める。

「そうだよ。　残火より生まれし『まほ太郎』　。
　きみにはぼくと一緒に、シュラの道を往ってもらう。」

まほ太郎──いまやシュラの性質を得た、炎のウィザードは肩をすくめ。

「──僕を埋めた、あの灰。
　貴方流の“心魂滅毒”というわけですか。
　意外でした。貴方は、こういうの嫌いなんだと思ってた。」

今度は魔王が肩をすくめ、それこそ意外だという顔をする。

「おや、どうして？ぼくは別に、徳の高い魔王というわけじゃないよ。」

「そうですか？──僕は、貴方の事いろいろと調べた、と言いましたよね。
　かつての貴方は“そう”だったはず。
　経済を信じ、拙いながらもその枠の中で生きようとしていた。違いますか？」

魔王の片眉がひくりと持ち上がり、笑みがかき消える。
相手の言葉が癇にさわったという表情にもとれるが、そうではない。
魔王はこの時、たいそう感心していた。

──そうか。もはやこの子供はただ雇われた“あなたのウィザード”ではないのだ。
　　だからこうして、深入りもする。よくできているものだ。──と。

「──ほんとによく知ってるね。
　だけど。“それは正しいぼくじゃない”。」

「……。単に“変わった”のではなく？」

「厳密には。あるべき形になった──なりつつある、と言うべきだろうね。
　あれもまたひとつづきのぼくだ。でも、まだ本来のぼくじゃなかった。
　そうだな──“卵の黄身”みたいに。
　自分が空を飛ぶ鳥だと、知るすべもない。」

それを聞いたまほ太郎は、にまりと笑う。魔王によく似た、笑みを。

「では貴方は飛ぶ鳥だと──これからが貴方の本領、と思っていいんですね？」

「ふふ。そうありたいねぇ。
　それじゃ、これからのこと少し話そうか。
　やっぱりぼくだけじゃ分からないことも多くて……」

ええ、と頷いて城の見取り図を取りに行くまほ太郎の背を見ながら、魔王は呟く。

「そう、ありたいね。
　──ここの風穴も、埋まってくれたことだし……」

何度も何度もそうしてきたのと同じように、懐をぎゅうと押さえ、確かめる。
ただひとつこれまでと違うのは、そこに記された名をまた呼べるということ。
戦場で。共に屠る、同志として。

ざわりとわきたつ歓喜。
居てもたってもいられずに、汗のにじんだ首筋を風に当てようと窓を開ける。

「！」

ああ、あれは。

「ムク……！」

──ぼくの勇者が、別のだれかの城を攻めようとしている。
　　ぼくを捜しているのか。
　　ぼくはここだ！と叫びたいのをどうにか堪える。こちらから出向いてやるのもいい。
　　互いを尊ぶことで、主人と犬の絆は深まるのだ。ようく知っている。

「ぼくのいぬ。待っておいで。」

いとおしむ言葉。その声音は、けれど、呪詛に似て。

灰の溜まり場。あたたかい。