ENo.0102　人で“なし”の魔王

気が付くとそこは城だった。石造り城の、一番奥の部屋。大分萎れた座り心地の玉座に、腰を下ろしているのは血の気の失せた顔の男。ベスト姿の男は年代を感じさせる城の内装からは若干浮いていた。

「なんだあ、ここ」

気の抜けた、やる気の無い声。玉座の間、と呼ぶには少々寂れた部屋で男はぽかんと口を開けて座っている。寂れただけではない、長い間、誰も使っていないようで手入れのされていない部屋は所々が朽ち始めているほどだ。

「……帰りたいんですけど」

人どころか生き物の気配もない。大声を張り上げる気力も無く、できたのは力なく一言呟くくらいだった。その声の返答ももちろんない。静寂が耳に大変痛かった。
どうしようもないなと思いながらも、玉座から重い腰をあげてゆっくり歩き始めた。どこを見てもボロボロの、それでいて過去に人が住んでいたことを思わせる城。廃墟になって間もないのか、それともそういう趣味で雰囲気を出しているのか……別にそのどちらだったとしても男にはさして興味はなかったのだが。

「ん」

玉座の間の扉は壊れて開きっぱなしだ。ただ、そのボロボロのカーペットの上に、まっしろな仮面が落ちている。まるで皿のようにも見えるが、その反った形でなんとか仮面だろうと判別できた。あと一歩気付かなければ踏み潰していたであろうそれを、何とはなしに男は拾い上げる。

「――ッ」

その瞬間、全身を風が駆け抜け、そして、全てを理解した。
魔王、勇者、そしてかつていた神の抜け殻。朽ち果てる前の声、魔王領域、光を帯びた存在。
滅びた魔王に呼び寄せられた新たな魔王――それが自分なのだと。

「……ふ、ふっ……くく、く、はッ、はは、は、ハハハハハハハ！！！！！」

その瞬間、先程までの気怠さが嘘ではないかという勢いで男は笑いだす。石造りの城が男の声を反響させて、奇妙な輪唱を作り上げていく。
ひとしきり大笑いした男は手にしていた仮面を投げ捨てる。壁にぶつかった仮面は割れるかと思ったが割れることはなく、カラン、と寂しく音を立てて床に転がった。

「無意味、無意味だよ！意味なんてない！死ねば全部終わり！消えればそこまで！そうだろう？そうじゃないか！？死んで、消えて、終わった時点で無駄も無駄！無駄無駄無駄ァ！！」

誰もいないところへ語りかける叫び声。それは、朽ちていくものの無念の叫びに対する答え。

「死んじまったら全て奪われるんだ。俺がそうだったように、お前も、俺に、奪われてしまえ。この城も、領域も手下も、全部！ぜぇんぶ！俺はお前の望みなんかしらんがな！！」

そう言って再び笑い出す。狂ったように。
この城が今まで歩んできた道も、ここにいた魔王が目指した道も、神が整えてきた道も、全て知らない。全ていらない。

「今日からは……俺が王だ！！！！」