ENo.0019　種を蒔く魔王『ノイ』

《ぼくの＊＊は、けして、無駄じゃなかったと》
「……は？」


ノイはひとり花畑に立っていた。
空は月も星もなく暗い。その代わりとでもいうのか、足元では青い花がぼんやりと光っている。
風に撫でられて花たちが顔を向けた先に人影がひとつ。
青い花の冠をした、角の生えた人物だ。冠の光に隠されて表情は見えない。


《すべては変わってしまった。契約はもはや無意味で、ぼくは暴力に抗うすべを持たなかった》
「何の話だ、っつーかお前が俺たちをここに連れてきたのか？」
《そう。ぼくは朽ちた魔王。きみを、新たな魔王を喚ぶための力になったもの》
「魔王？　そんなもんになるつもりはねぇぞ」
《きみはもう魔王だ。世界がそう望んだのだから》


噛み合わない会話に苛立ちながらノイは考える。
自分が今どこにいるのかは分からない。分からないが、この花畑が目の前の魔王とやらの支配下にあることは間違いないだろう。
辺り一面に植物があるというのに、誰もノイの『祈り』に応えようとしないのだ。


《かみさまの声が聞こえないでしょう。この世界に、きみのかみさまはいない》
「つまり、異世界に飛ばされたと。あのテレポート罠のどさくさで。そんで召喚即魔王にされて？　なんかしろと？　クソみてぇな依頼人でも受けるかどうかは聞くってのにそれ以下か？　え？」
《……ご、ごめんなさい》


ノイが苛立ちに任せてまくしたてると急に魔王の口調が弱々しくなった。


《この世界がすることをぼくは止められない。きみはもう魔王になってしまった……けど、魔王たちがかつての力を取り戻せば……どんなことも叶えられるから、きっと、ううっ、帰り道も……わあああやっぱり魔王らしくなんて無理ですよおおお商売しかやってこなかったのにー！》
「……あー、うん。もう拒否できないものお前に悪意がないのも分かったから泣くな」


蚊の鳴くような声で喋っていた魔王はとうとう泣き出してしまった。ノイがいじめたような図になっているのは大変遺憾だが、彼にもプレッシャーとかいろいろあるのだろう。
というかこんな弱メンタルで大丈夫なのか魔王。


「んで、そこまで言うなら魔王が力を取り戻す方法、あるんだよな？」
《この世界の一番上にある『ゼロのレガリア』の力があれば魔王の復権が可能と聞いています。上へ行くためには、勇者との戦いで力を示さなければいけないんですが……その方法は、ぼくの力を継げば分かります。手を出して》


差し出した手に魔王は花を乗せた。魔王の冠に、この領域に咲き乱れる青い花。
ノイは静かに花を掲げた。どうすればいいかはもう分かっていた。
伸びた蔓がぐるりと頭を囲い冠になる。蕾が膨らみ開くたびに一面に咲く花たちがこちらを見るのを感じる。


《この城はきみのものです、種を蒔く魔王。どうかきみの願いもぼくの願いも、叶えられますように》


すっかり花が散った枯れかけの冠を抱えて魔王が微笑む。
ノイが何かを言う間もなく、魔王は朽ちて崩れていった。

◆ENo15とENo19の二人ユニオンです◆

水族館のいきものふれあいコーナー、の名残。
タッチプールには生き物はいないし、海水だけが揺蕩っている。
種を蒔く魔王『ノイ』の力により、鮮やかな花々が咲き誇っているが、それすら墓前の花に見える。

【可能性の魔女】ルシュティエッタは、主にここにいる。