ENo.0254　惑乱する月齢の魔王『アルリアクルリア』

『魔王の商品は……』

『勇者を満足させて、勇者の敵対心をカガクシャへと向かわせることができるっす！』




「敵愾心」



月世界の奥でねばついた影がつぶやきました。


影はもうずいぶん長いこと、自分が誰であるかを忘れていました。


宇宙空間に放り出された独房のなかで長い夢を見る精神に、影はいつからか寄り添ってありました。

夜昼となく投与される薬剤に弛緩した精神は、どこにどうした現実があるかも曖昧でした。



溶けた認識は影の姿もとろけさせました。


影はそうした生き物でした。



敵愾心、猜疑心、自尊心、
虚栄心、利己心、魔力。

魔王をかたどる五つの心とひとつの力。

いまは炉にくべられてどこにもない。


月世界はなにかを間違えた。浮かぶべき空を。あるべき時を。はい、長いこと伏せっておられるのです。
どなたさまともお会いになりません。

月世界はどこにある？

そこといえばここ、ここといえばかしこ、定めれば死ぬ、とどまれば死ぬ。
はて、ここにはあらぬもの、どこにもあらぬもの、
遁れ出ていくもの、あらゆる規定や檻を、月のようにうさぎのように。










「私はこの月を円満な視表面としては根本的に否定する可能性として、弦月のかなたに存在する。また、私の未来的な否定から私の現在への復帰と関連して、満月は、再び弦月へと立ち戻り、弦月を否定として規定することによって『このもの』たらしめる。つまり、満月は、弦月に欠けているところのものであり、それの欠如が、弦月をして弦月たらしめるところのものである。かくして、同じ一つの存在論的否定の統一において、私は、弦月としてのかぎりにおける弦月に――恒常性および本質という形で――未来の次元を附与するとともに、私は、弦月に欠けているところのものから弦月への、規定的復帰によって、それを弦月として構成する。かくして、恒常性からもろもろの潜勢にいたるまでのもろもろの潜在性の階層が構成される」
（J. P. Sartre『存在と無』）


　

月世界。