ENo.0254　惑乱する月齢の魔王『アルリアクルリア』

「天井の向こうにはなにがあるの？」

「天井の向こうには空があるのだよ」

「空の向こうにはなにがあるの？」

「空の向こうには夜があるのだ」

「夜？」

「明けることのない夜がある」

「星は？」

「星もある」

「人は？」

「昔は人が星になるのだと考えた。あるいは人が複数の星の一定の配列になるのだと考えた。いま人は、星に人が住むと思い込んでいる」

「人はいないの？」

「ある者は星に蛸がいると考えた。ある者は罪人がいると考えた。ある者はウサギがいると考えて、またある者はそうした創造の埒外の怪物がいると考えた」

「本当のことを教えて」

「本当のことはただふたつ、いいかい賢い子よ、本当のことはいつでもただふたつだけある。そしてそのただふたつだけある本当の、どちらを選ぶかはおまえに委ねられているのだよ」

「本当のことを教えて」

「星には誰かがいる／あるいは／星には誰もいない」

「知らないということ？」

「ははははははははははははははははは」

「本当のことを教えて」

「本当のことはただふたつ。いいかい、愚かな子よ、本当のことはただふたつだけだった。解きほぐそうとしてはいけない。たわめようとしてはいけない。楽になろうとしてはいけない。正気に逃げてはいけない。我に返ってはいけない。本当のことを知りたいのなら、おまえはもっとおまえ自身が失われることに慣れなくてはならないのだよ」

「答えがないのが答えということ？」

「おまえはなにも聞いていない。おまえの聞きたがらないことをなにひとつ聞いていない。おまえはおまえの知っている世界の言葉で世界を説明しようと試みている。それは尊くもぶざまな理知のこずるさなのだよ。すでに言ったぞ、本当のことはただふたつ、ただふたつだけあるのだと」

「でも僕は主観的世界の外に実世界のもの自体が一意に実在していると思うし、またそのために自然科学的実在性についての命法は矛盾なくひとつに定まると思っているんだ」

「矛盾、人類の発明した言葉のうちでもっとも悲しい言葉のひとつだ。それを頼りにおまえたちは世界を組み立てようとする。そうして組み上げた矛と盾のどちらかが一意に勝つ構造体におまえたちは安住する」

「星に人はいたの？」

「本当のことはただふたつ」

「正体見せろ、魔王！」

「ははははははははははははははははは」

「なぜそれを不明にする必要があるの？　それを不明にする意味はないでしょう？　それをはぐらかすことに利も筋もないでしょう？」

「星には誰かがいる／あるいは／星には誰もいない」

「戯れている？」

「いかにも、それしかできない性分ゆえに」

「天井の向こうにはなにがあるの？」

「天井の向こうには空があるのだよ」

「それはただひとつの真実？」

「本当のことはいつもただふたつきり」

「みっつであることはない？」

「世界はみっつの真実に耐えられない」

「どういうこと？」

「この世界はみっつの真実を支える強度を持たないのだよ」

「それならなおさら、本当のことはひとつのほうがいいだろう？」

「ははははははははははは愚かな子よ、本当のことはただふたつ、幾度も言わせておくれ、本当のことはただふたつ」

「あなたはどこから来たの？」

「天井から／空から／宇宙から」

「みっつあるじゃないか！」

「はははははははははははははははははははは」








はい、月世界はご病気でございます。
ながいあいだ伏せっておられます。
どなたともお会いにならないとのことです。
お帰りください。
あなたの求める月世界はございません。

　　　

月世界。