ENo.0087　イズシー・ヴェンドリック

■前の話
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　日食が、まだ終わらない。
　それどころか、日を中心に広がる空に漂っているはずの女神の姿が見えない。
　あたしはあの女神が嫌いだが、空の様子がいつもと違うというだけで女神の安否が気になって仕方ないのだ。
　だがそんな思いを口にはせず、淡々とアネモネ畑に撒き散らされている勇者共の塩をかき集めた。

「いつも土砂降り、私の天気予報。今日の予報は雷マーク。傘をさしていくの」
　仕事をしている横で、歌詞カードを手にしながら『見捨てられし傷の海』の神がお誕生日応援ソングなるものを歌っている。
「今日のデートは、きっと花丸マークだから。とどいて私の声、思い。どうして、届かないの？」
　……いや、歌っていない。むしろ歌詞をそのまま読んでいるだけだ。
「届いて……ん？　なあ人の子よ、この括弧に囲まれた部分も読み上げるのか？」
　カードを覗き見る。『彼って、難聴かな』？　なんじゃこりゃ。
「『黄金の引き取り手』の女神に聞きなさいよ……」
　呆れながら答える。歌詞の『私』の心情を説明したコーラスだと思うが、それを『傷の海』の神に伝える程の元気はなかった。

　それから暫くすると『傷の海』の神は歌唱練習をやめ、再び話しかけてきた。そもそもメロディーがわからない状態で練習しても、意味が無いことに気付いてしまったらしい。一旦集まった塩を全てゴミ袋に入れてから、話を聞く。
「『何々を入力してください』と話す勇者について、汝の見解を聞かせてほしい」
「……ああ、あの剣を持った」
　あたしの名前、恋人の名前、あたしの夢。それらを『入力して』と奇妙な言い回しを使い知りたがる、不思議な勇者共。
「他の勇者共と毛色が違うわよね。他の奴らは最初から性格が決まってるような感じなのに、あいつらは何者でもない存在に近いのかも……というのがあたしの見解」
「感謝する。なるほど、何者でもない存在か……自己が確立していないがために確立に必要なものを探し求めている。その一つとして我らの名前などを知りたがり……」
「何だかなりすましみたいね。まるで……」
　お互いに『虞の作り手』の神を思い出してしまったのか、気まずい空気が流れる。

「……ところでなんだけど」
　沈黙を破ったのはあたしの声だった。
「神様の名前にはちゃんとした意味があるって言うじゃない？　なんであんたは『見捨てられし～』なんて後ろ向きな名前なのよ」
「変なことを聞くな。まあ良い。実は我は、この花畑の外に出られないのだ」
　初耳である。淡々と続ける『傷の海』の神。
「ちょうどアネモネが咲いている領域しか歩けず、その先に行こうにも不可視の壁のようなものに拒まれる。外を行き来できる存在――汝や他の神々だな、彼らから情報を得られない限り、マーケットの品揃えなんて些細な事も我には伝わらない。その事実を知った時は、世界からのけ者扱いされていると感じたくらいだ……だから我は自虐を込めて、『見捨てられし』存在だと名乗っているのだ」
「あたしからの情報が必要なら、もっと早く言ってくれればよかったのに」
「出会ったばかりの汝に、そのような重い問題を伝えて良いのか迷っていたのだ。結果的に汝の左腕の話を聞いて、隠す必要もないと判断したばかりだが」
「一応配下の人間が上の立場が抱えている問題を把握しとかないでどうすんのよ！」
「……」
「……まあ、今となってはもう過ぎたことだけどね。じゃあ次はあたしからの質問その二、じゃなくて提案」
　花畑に散らばる塩が溶け込んだのか、微かに海の匂いがする風が吹いた。
「あたし、元の世界に帰れるあてもないし、友達との約束もあるから、もうしばらくここにいることにするわ。そんでもってあたしからの情報がここの外を知る方法だっていうなら……この世界で出会った、素敵な魔王の話とかしてもいい？」
　それを聞いた『傷の海』の神の顔がくしゃりと崩れ、こちらに笑顔を見せた。
「ああ！　それで十分だ！　ありがとう、人の子よ、イズシーよ……」
　神はあたしにその笑顔だけで『早く喋ってくれ！』と言わんばかりの圧をかけてくる。思わず目を逸らしたくなったがここはグッと我慢。
「あっあっ待って待って！　空を見てみなさいよ、めちゃくちゃこれからどうなるかわからないって雰囲気じゃないの。この世界の抱えている問題が一つ解決したら――まあつまり、誕生日パーティーが始まったらでいい？　なーんかまた勇者共が攻めてきそうな予感がすんのよねー……」

　結果、あたしの予想通り、勇者共はまだ進攻を止める気がないようだ。
　何が『イチャイチャしてるのが羨ましかった』だ！　そんな言葉で表現出来ないほど暴力的におもてなししてやる！！

■エピローグ
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