ENo.0093　吸血鬼と蝙蝠

――別れはひどくあっさりとしたものだった。

「あ、そうそう。ショウキ君。約束の15周が終わったら、私は帰らせてもらうよ」

「む、そうか。世話になったな」

「まあ、気まぐれに様子を見に来る事はあるかもしれないけど。私の手伝いも、もういらないだろう？」

「まあな！　ユニットの作り方はもう完璧だぞ！」

「…………」

「そうかい、それは安心だなあ！　これから頑張ってね！」

「ふはははは、任せておけ！　引き続き魔王として君臨してくれようぞ！」

で、15周目。
勇者を撃退し終わったら、既に奴はいなかった。

「もう行ったのか。忙しない奴だ」

「…またな」

別れの言葉はそれで十分だ。
きっと奴も俺も、永く生きる。
この世界が果てた後も、自分の知るすべてが滅びた後も、永劫に。
奴は俺の世界が毒で満ち、俺の形も変わるだろうと抜かしていたが、俺はそうはならない。
確証はない。だが、確信はあった。
なら、それで十分だ。


「ま、とはいえしばらくは騒ぎも収まるだろうが……」

ぐらりと、足元が揺れた。

「…む？」

足元。即ち、城の廊下だ。
最後の勇者の攻撃は激しかったが、だからと言ってこの城が揺れる程かと言われると甚だ疑問だ。
となると――？

「……あっ」

「まさか、アイツがいなくなった事で城の維持ができなくなったと！？」

ＹＥＳと答えるように、城がもはや立っていられない程に揺れる。

「ぬおおおおお！　最後のボスを倒した後に脱出するヤツか！！　なぜ魔王たる我がそれをやる事になるのだ！！」

八つ当たり気味に叫ぼうが、城の鳴動が止まる事は無い。
慌ててユニットに退避命令を出し、他の魔王からの贈り物だとか主への土産だとかを外へ出す。

我が最後の荷物を外に運ぶのと、城が血液となって溶けて崩れたのは同時だった。

「はぁー…っ…あ、危なかった…。あの野郎、あの反応はそういうコトか…」

地面に吸い込まれるようにして消える血液の城を憎々しげに眺めながら呟く。ガッデム。ついでに中指も立ててやる。

「…血奴隷もいないか。まあ、外には逃げただろう」
「……一応、消えた貴様らにも言っておこう。ご苦労だった！」

これで役目は終わりだ。
はあ、と溜息をついて立ち上がる。
これで城は無くなった。15周経ったから、いなくなる魔王もいるだろう。そいつの城を奪ってやるとしようか。

「…悲しいかな、手馴れてるな、我」

あの主のおかげで、失ったところから始まるのは慣れている。
むしろ血奴隷以外のユニットは残っているし、土産や交流の証は残っているし、恐らくこの世界に残る魔王もいるだろう。

「…なんだ。考えてみればマイナスどこかプラスだらけではないか。城一つ失ったところでどうとでもなるな」

つまりは月並みだが、この世界に来て一番大切なものはここまで守り抜いてきた城ではなく、この両腕で抱えられる程のものだったというわけだ。

「…さて。それでは寝床探しから行くとしようか。ここは眩しくてかなわんからな」

ゆっくりと歩き出す。
16週目は始まったばかりだ。速やかに城を見つけ、他の魔王に健在を知らせてやるとしよう。

「ああ、そうだ。鴉共よ。他の魔王に我の健在を知らせておけ」
「魔王ショウキ＝ヴェノムワードはここに在る、とな！」

我に残った最後のユニットは、かぁ、と鳴いて朝の陽射しに紛れるようにして四方へ飛び去っていく。
今度こそ身軽になった我は、ゆっくりと東へと足を踏み出した。
逆光が眩しいが、これしきでめげる我ではないので目を細めながらも頑張って歩く。

「クソ、サングラスでも買っておけばよかった…」

さすがに辛かったので後ろを振り返る。

「……む」

訂正。先程の鴉が最後のユニットだといったが、我にはまだ残っていた。
…とはいえこれは、ここに残しておくのが良いだろう。
いつの日か、この地に再び我が城を、俺の手で作りだすというのも乙なものだ。

「…しばしの暇だ。貴様等も達者でな」

最後の従者に背を向けて、再び太陽の方角へと歩き出す。
それを見送るように、背後からは朝陽を受けながら、さらさらと手を振るように身体を揺らす、黄金の紅茶畑が広がっていた。



……ＦＩＮ