ENo.0013　焦がれる残火の魔王『フィリリ』

「ああーおいしい。さすがぼくの煮込んだジャム。」

魔王はジャムトーストを頬張りながら、満足そうに目を細めた。
まほ太郎は絨毯にぽろぽろこぼれるパンくずを見て小さく溜息をつき、しかしほっとした表情を浮かべた。

「はぁ。よかった。顔色がよくなってきましたね。やっぱり空腹だっただけですか。まったく、人騒がせな魔王ですよ本当に。」

「えへへ……。お、っと。」

外套の襟元から懐へ入り込みそうになったパンくずを、慌ててはたき落とす魔王。
その様子を見てまほ太郎は、そういえばと切り出す。

「その……契約書。随分大切にしてるんですね。」

魔王の懐に大切にしまわれているそれ。
以前まほ太郎はそのしわだらけの紙を見て、きれいに伸ばしてやったことがある。
書かれた文章のほとんどは年月のために薄れ、または知らない言葉で書かれていたために読み取れず、まほ太郎にわかったのはそれが何かの契約書だろうということぐらいだった。

「ああー……。うん。
これだけだからね。あの商戦中に得たもののうち失わずに済んだ、形あるものは。」

魔王は用意されていたナフキンで手をきれいに拭うと、そっと紙を取り出して広げた。

「皆ばらばらになって、財産も失って……
ぼく自身だって、どうなっていたかわからないようなひどい状況だった。
よく生きていられたものだと思ったよ。
だからだんだんこれが、幸運の証みたいに思えてきてね。
いつかまた幸運が廻ってくるはずだ、そう感じられた。

それに、これを持っているとさ…まるで何も失ってないみたいな、そんな気持ちになれたんだよ。
いつだって鮮明に、思い出して……」

「──はぁ。
うふふ。感傷的になっちゃった。
まあ、そんなわけだけど。勿論これはただの精神安定剤ってわけじゃない。
れっきとした、“生きた”契約書だから。これからも大切にしなくっちゃ。
貧しく、病める時、飢えに苦しむ時さえもね……」

むぐ。とトーストに言葉を埋め、魔王はそれ以上語らなかった。
まほ太郎も訊かなかった。“結局、貴方に幸運は廻ってきたんですか？”
その答えは、いずれわかるのだろうから。

灰の溜まり場。あたたかい。