ENo.0082　フレデリク・ルース

　
フレデリクは『摘発』されていた。

『摘発』から逃れるには、天球使とかいう存在が喚き散らしている「キュア」を発動させなくては、自由に立ち回ることができない、らしい。
確かに先日、天球使によって正体のわからない光の牢獄に拘束され、うまく戦うことも守ることもできない時間を強いられた。
そして今も引き続き『摘発されている』。

そんな不愉快な状況であるため、仕方なくキュアを発動させようとしたが、勇者によって好き放題に蹂躙を受けたフレデリクの城は、どこからどう見てもボロボロだった。
罠も水路も破壊され、護衛たちも力尽き、消えてしまった。
残った設備だけではキュアの発動はおろか、次に訪れる勇者を迎え撃つこともままならない。

フレデリクは仕方なく、マーケットを覗いて新たな設備を購入しようとし、そこで一旦、立ち止まることになった。

「……金」

金が、所持している資金が、足りない。
予定していた設備を揃えることができない。

フレデリクは宝石商であったが、己の生業を商売として成り立たせようと考えたことが一度もなかった。
はたから見ればそれは趣味であり道楽であり、おそらく商売という仮面をかぶってさえいなかった。
ただ必ず『宝石商』と名乗っていただけだ。それはフレデリクにとって、それなりに重要なことだったが、理解しているものは少なかった。

ともあれ、フレデリクは宝石商であり、そして資産家だった。資産——金銭面は祖父と父から受け継いだ財産が潤沢であっただけだが、とにかく、金の使い方を考えなくていい程度に金持ちだった。己が行動する際に金の思案をしたことさえなかった。

金に困るという経験に、魔王になった今、初めて直面していた。

「……仕方がない、もう少し涼しい城にするつもりだったが……」

びっくりしたような顔で、二、三度、瞬きをしてみたが、金が目の前で湧き出てくるはずもない。
早々に諦めたフレデリクは、己の城の改築の規模を幾分こぢんまりと済ませた。

「まあ、いい。魔石の魔力の及ぶ範囲であれば、金のことは考えなくていいんだし……。四阿でサンドイッチでも食べて、寝よう。あそこは涼しい」

どこか呑気にひとりごち、いくらでも好みの飲食物を湧き出すことのできる四阿を目指して踵を返す。
魔王として、城主としてのフレデリクの姿勢は、どこまでいっても怠惰だった。


ーーー


《コズミックスフィア》では不穏なうわさが流れていた。

曰く。

魔王は死ぬ。
黒い錆になって、苦悶の形をして死ぬ。

魔王変異。


「魔王に変異したと思っていたが、さらに死ぬ時にも魔王は変異するのか。忙しいな」

人としてのフレデリクは死んで魔王になった。
では魔王としてのフレデリクは死んだらなんになるのか。

「ひとまず、金の心配のない状態になりたいが」

薄く笑いながら人ごとのようにつぶやくフレデリクを咎めるように、遠く、近く、胸の奥から、きぃんと澄んだ音色がした。
　

突如現れた薔薇の咲き乱れる小さな庭と四阿。
四阿の座席にはいくつも宝石が転がっているが、魔王の許可なくば屋根の影の落ちる範囲から持ち出すことはできない。