ENo.0053　フィリリ

「…り、フィリリ、起きて。」

「ｽｰ……ｽｰ……ンゴッ……！？」

女の声に、“受付”のカウンターに突っ伏していたフードの男はがばと身を起こした。

「んえっ……ぼく寝ちゃってた？
もう勇者きちゃうかな？やばっ。“店開”しないと！」

ぐいと口元に袖をやるが、よだれの跡が拭いきれていない。
女はふふと笑って、大きく開かれているブラウスの胸に手を滑り込ませる。

「おちついて。まだ平気。」

“そこ”から取り出したハンカチで男の口を拭ってやる仕草に色の気配はなく、
数多の男を惑わしてきた唇には慈愛のこもった笑みが浮かぶ。

「うわ～咲子ちゃんのハンカチいい匂い。ありがとね。
あっ準備のほうは進んだ？」

「ええ、花子ちゃんと姫子ちゃんが熱砂のチェックをしてくれてる。
私も準備は万全。いつ勇者が来ても、“揉んで”あげられるわ。」

「そう……。
ね、咲子ちゃん。」

男の声は明るい。だがその背後でゆらゆらと揺れる尾には不安が表れている。女は黙って言葉を待った。

「あのね。辞めたくなったら、いつでも言ってね。ぼく、止めないから。
頑張らなくていいんだよ。楽しく生きても……。」

「あら、随分ね。私は“あなたのサキュバス”だっていうのに？」

「えっ。」

「女に“あなたの”なんて言わせておきながら臆するなんて、あなたはそんな甲斐性なしじゃないはずよ。
あなたは魔王。商売のことを一番に考えなさい。いい？」

「……うん。そうだった。もう言わない。」

女の穏やかな声音に男――魔王フィリリは頷いて、立ち上がる。

「じゃあ……始めよっか。

今日からここは魔王城。勇者をたくさん、もてなそう！」


《砂風呂屋》――…、“店開”。

《砂風呂屋》の奥、《魔王以外立ち入り禁止》の扉を開くと、ぽっかりと在る空間。
公園のお砂場、プライベートビーチ、あるいは砂丘、砂漠、そんなところ。