ENo.0169　孤独王スヴェン

　機は熟した。

　余が長らく所属し、内部から徐々に手を回して腐敗させていたこの国を滅ぼす時が来た。
　各属国を結ぶ重要関所には既に配下が管理官として配備され、これから分断される地域には適当な貧富の差を与えておいた。おそらく孤立と恐怖政治によって、権力による鎖を外された者同士が本性を現し、互いを殺すであろう。地に満ちた人間世界を支配するのはその後だ。
　王城は余が直々に崩壊させる。既に余は「姫」であり、王は名ばかりの我が傀儡に過ぎぬ。一言、余が指し示すだけで破壊・転覆させられようぞ。

　この日の為に人間として生きた。
　我々魔族の原初はただ一人の人間の王だったと聞く。民に裏切られ、人間の愚かしさに愛想を尽かし、挙句魔道に堕ちた祖は魔王を名乗り圧倒的に君臨した。恐るべき魔力は眷属を創造し、世界の殆どを攻め落としたという。
　余もまた見た。守るべき民を手駒としてしか扱わぬあの王を見た。手駒となった民は皆が皆義を尽くすわけではなく、むしろ略奪を行ったのを見た。隣国を、隣人を、親を子を、あまねく同族を殺す人間を見た。
余には到底人間に価値があるとは思えぬ。あれは余の糧である。恐怖によって収穫される血と肉の紅茶畑である。

　が、あえて情状酌量の余地を与えよう。人間を滅ぼす前に、余はいずれまた勇者と戦いたい。
　魔が蔓延るその時に、互いに団結することが出来るなら人間に価値はある。かつての同族として和睦・尊重しようぞ。だが生半可なそれでは満足せぬ。
　余は王である。民を従え、民を守り、民を育む王である。団結の象徴であり実行者である。
　余が滅ぼされ附す時に、どうやらまたそれを手放すようだと悟れば死んでも奴らを根絶やしにしてはらわたを貪り食ってやろう。

　恐るべき魔王、我が父は、瓦礫の城にてその冠を余に託した。
　この呪いの武具と防具は王の証明である。悪しき者を殲滅せしめる偉大な冠である。
　必ずやこの魔王スヴェン、億の魔族を従える帝となって人間に仇なす支配を披露しようぞ。余に出来る葬いとはそれである。先王の無念を晴らし、その希望を遂げようぞ。

　では関所を抑え支配せよ。このダンジョン防衛マニュアルを読み、しっかり守れよ。ヘルプデスクへはトラブルシューティングを読んでからご連絡せよ。余はちゃんと年二度の賞与も与える。民のQOLこそ魔王が守るべき最も重要なものである。
　解散！

　と、まあこのような演説をちらちらと手元をカンニングしながら果たしたわけであるが、一つばかり問題が残っておる。

　余は二日に一度のトリートメントも欠かさぬし、人間のはらわたよりぶっちゃけた話コックの料理の方が美味い。
　要するにこの城、利用価値がアリアリなのである。民のQOLも大事であるが、余のそれだって超大事ぞ。
したがって、余はこの王城の外に控えているであろう屈強な戦士たちを退け、この城を無傷で得る必要があるというわけだ。
　忠実なる余の僕、嘶きの亡霊と相談すると、「防衛したいです。うれしいです。本懐です」と歓喜の声をあげておったが、余は知っているぞ。お前は単に嘶きたい欲が溜まっているだけよ。寝言で頻繁に「いななきたいです」と漏らしていたことを余は見逃さぬ。なんなんだその寝言。

　そういうわけで、これよりこの魔王スヴェンの初陣は防衛戦に決めた。最低限の軍備で勝つ事が出来、利用価値ありと喧伝すれば配下も納得するであろう。
　この魔道、先代スヴェンの加護のあらんことを。