ENo.0080　能登 裕弥

すべてが過去になるということは、振り返るととても妙な事のように感じられる。
生まれ育った地のことも、かつて受けた任務のことも、かつての同胞に文字通りの刃を向けたこともすべて過去になった。
そうして掴んだ生活さえ今や昔のこととなって、このまったく別の法則に支配される地で十五週を過ごし。
そしてこの世界で過ごした時間も、また過去になろうとしている。

帰ったらどうなっていることだろうか。物語であれば様々な形が考えられよう。
曰く、この十五週は元の世界では一睡の夢にも過ぎず、また元通りの日々が何事もなかったかのように続いている。
曰く、元の世界でも十五週が同じように経過しており、家をもぬけの殻としていずこかへ消えた私達は、里の者達に丁重に弔われている。
曰く、十五週はあちらでは遙かに長い時間に相当し、帰った時には焼き払われ、跡形もなくなった里に私達が立ち尽くす。
あるいはこのどれでもなく、事態は人の、否私の想像の遥か上を行っている。
どれも考えられることだ。何と言っても、このような事態に遭遇したことなど過去にはないのだから。

三十を数えるかとさえ思われる、城の尖塔へ目を向ける。
主ならばあるいはあるのだろうか。こんなように、出島、異界、妖精境、そういった場に赴いたことが。
けれど私の脚は動かなかった。天に輝く『澱んだ彗星』の戯れの相手をする方が先だと、それは理解できた。
けれどいつか。終わった後にでも、きっと聞いてみようと思った。
彼の歩んだその一端を、少しばかり語って欲しいのだと。そう望んだ。