ENo.0012　人喰いの嬰児 ヒンガン

　最初は偶然だと思っていたのだが、今回でハッキリした。私にはこの城に罠や配下を呼ぶことが出来て、意のままに操ることが可能のようだ。
　曰く、『支配の魔法』……洗脳や催眠術のような類いなのだろうか。他の魔王を名乗る者から買い取った植物人間ですら、私の指示に容易く従った。

　だが、それに従わない存在が勇者であり、私を殺そうと迫った黄金の刀身の持ち主もその一人のようだ。同時に、同じ魔王同士もこの支配の魔法を掛けることが出来ない。
　私が他の者から操られる、という心配は無さそうだ。

　しかし、操られないからこそ暴走しているという魔王を止める手段に成り得るということか。

「私たちが無敵であるとするなら、その彼の存在も無敵だろうに」

　揺れたリボンからのメッセージに、私は椅子で手を組ながら呟いた。矛盾ではないか、と思ったのだ。

　――――――――――

　宙のリボンが大きく揺らいで、そこから一人の女が音を立てて落ちてきた。女の手足には宙に漂っているリボンと同じ物が絡み付いている。
　捕虜というのは、採集した山の実りのように捕らえて売るものとのことだ。消費するものとは別枠にするべきであろう。

　故に、“狩り”をした。目についた村の者に、先の支配の魔法を掛ける。ただそれだけだ。

　以前なら、狩りは雇いの者がやっていたことだ。人目を避けたりだの、時間帯を選ぶだの、まどろっこしいことも指示して雇いの者は調達してきたのだが、いざ私が出向くとなりとその行程にすら鬱陶しく感じる。
　幸いにも、瞬間的に移動する力が何故か身に付いていた為、時間は短くすんだが運搬には時間が掛かったようで、リボンを揺らしながら運んだようだ。

　女は焦点の合わない目でこちらを見ている。そこには異性に寄せる魅力も、身体を求める情熱も見当たらない。

　もしかしたら、うまく操れば愛を求める家畜にも出来るのだろう。だが、今の私にはそれは叶わず、何より私の意思だけで相手の意思なく身体を重ねるのはあまりに虚しいものだと感じた。

　相手の意思を向けさせ、二重の意味で“喰らう”事こそ最高の味だ。
　故にこれは、食欲を満たすために行うものにした。

　立ち上がり、その女の首筋に触れる。
　これも雇いの者に任せていた事だ。汚らわしい血を被る事など、ドブが付くことと同じだ。
　だが、今は自分しか居ないのだから、溜め息を吐きながらそれをするしかない。

　首の骨に向かって手を振り下ろす。女は呻き声を漏らし意識を朦朧とした。
　その間に衣類を剥ぎ、背中に一つの記号―― 模様を施す。すると女は身体を仰け反らせ、意味のない単語を低い声で呟いた後、呼吸が止まった。

　リボンが私の手元に集まると、それは肉を断つ刃に変わった。肉塊を仰向けにさせ、喉の中央に突き刺し、胸に目掛けて裂いた。

　――――――――――

　服や髪についた血は何故か手で払えば消えた。

　血抜きが終わるまで、しばらく時間が必要だ。
　私は次に来るという勇者を迎え撃つため、配置と睨めっこすることにした。

　開かれた肉は脚にリボンが巻き付けられ、宙吊りになりながら血を垂らしている。