ENo.0012　人喰いの嬰児 ヒンガン

　視界がハッキリする。黒い手袋が動く。握ったり、開いたり。私が意図したままに動く。
　ベッドを置いたらそれでほとんど埋まってしまう程狭い場所で、私は床に転がされていた。拘束された様子はない。

　視界の端にあった黒から、キラリと黄金色の光が見えた。
　私は、それが刀身で、その切っ先が私に向いている事をすぐに理解出来なかった。

「―― コルヒクム家。領主のクセに、その領民を文字通り餌として人の愛すらも喰らう悪魔―― 黒地の使者め！」
「何だ、き、貴様は！ 私を誰だと思って――」

　殺意。それが真っ先に背を凍らせ、徐々に近付いて大きく見える刀身の意味を理解した私の脚は、震え上がって立つことすら出来なかった。

「―――――の仇だ」

　降り上がった黄金の刀身に顔を青くし、腕で顔を庇う。

　　　　 ヒンガン
「私は■■■■■■■･コルヒクムだぞ！？」

　ぎゅっと目を摘むって叫ぶように言った。

「―――誰か、私を助けろ！！ 助けてくれ！！！」

　嗚咽混じりの声は虚しく辺りに響いただけだ。
　だが、何も起こらない事に気付く。ゆっくりと目を開いていくと視界の先の黒も、黄金の刀身も見えなくなった。

　代わりに、閉められた部屋と、細い紐で繋がった多数のリボンが宙に舞い、一つの椅子があった。
　震える手足で這いつくばって椅子の所にたどり着くと、一つのリボンが震え、私の脳裏に一つの空間が“視える”。

　先程の黄金の刀身だ。間抜けな声を上げた私にも気付かず、剣の持ち主は舌打ちをする。

　視界が半回転する。何処かの小さな城のようにも見える建物。そこから、この世のものとは思えない動物の鳴き声がした。

　――――――――――――

　黄金の刀身は、通路に転がっている。
　安堵の息を吐くと、震えている身体と同じく宙に浮いているリボンもいくつか揺れていたことに気付いた。
　これが一体何なのか分からないが、指を動かすようにそれに意識を向けると脳裏に情報が雪崩れ込んできた。

　魔王ドゥルガーを倒さんと意気込む人々。自らを勇者と名乗る者。

　そしてようやく理解する。此処は元居た場所の仕組みとは異なる―― 異世界とも言えるということを。
　大きく息をついて椅子に深く座り込む。

「そういえば、あの捕らえた者……一人くらいは喰えそうなのが居ただろうか」

　緊張を解すように、ポツリと呟いた。