ENo.0081　焼却された紫の冠を頂く異邦の君

寝台から身を起こす。
積み上げた書物の間を横切り、そう広くはない廊下を行き、洗面台に入る。
鏡に映る己を確認する。

最期に見た自分とは似ても似つかない姿だ。
三十過ぎの顔立ち、引き締まった体、長く伸びた黒髪、尖った耳、犬歯、そして頭部から伸びる紫水晶に似た構造体。生前の自分なら持ち得なかったものだ。何しろ自分は長い幽閉期間を経た後50代で死んでいる。実年齢以上に衰えきったあの体はどこに行ったのだろうと思う。おまけに今の自分が持つ姿はこれだけではないのだから困ってしまう。

“あの子が生き延びて、立派な魔王になるまで守ってやってくれ。”

（あの声が聞こえなくなって久しいな……）

ここに来る前、世界の狭間のような場所で聞いた声を思い出す。
自分は罪人だ。
そんなものに縋ってくれる誰かがいたとするなら、それを拒む権利は自分にはない。
カブリールは贖罪の一つのつもりで『声』の頼みを聞こうとした。しかし。

“その過程でもしかしたら、君の未練を晴らすものが見つかるかもしれない”

目の前に吊り下げられた餌を、カブリールは忘れることができないでいる。
彼自身、『ゼロのレガリア』なるものに好奇心以上の感慨はない。
粛々と『彼』を守り、『彼』が魔王として成立するまで守ることだけを考えようと思っていた。
しかし、あるいは、もしかしたら？

己の浅ましさを知りながら、異形のものと化した自分の心臓が鼓動を早めるのを、カブリールはただ感じている。

城の片隅にあるカブリールの自室。魔王のそれとは思えないほど質素だ。
粗末な机と椅子、古びたベッドのほかは、大量のほんがつみあげられている。