ENo.0049　姿見せぬ魔王『リュゴヌー』

　それは泣いていた。

　泣き声が聞こえるわけではなかった。そこには誰もいない。誰の姿も見えない。涙のしずくがあるわけでもなく、何の痕跡もない。
　しかし、それは泣いていた。音もなく、姿も見えず、しかし、それでも、たしかにそこで。

　そこには、なにか、奇妙な力があった。
　それを目にしたとしても、見落とす者は少なくないかもしれない。別に何かが見えるわけではないからだ。
　例えば、そこに眼を赤く輝かせた人型の影がたたずんでいるとかいうようなことはない。奇妙な青白い炎が浮かんでいるということもない。風の音も亡霊じみた声がするわけでもなく、パチパチと散る火花と共にオゾンの匂いを漂わせることもない。そこを通りかかるものに突如として牙をむき、超常現象でもって無残な目にあわせるというようなこともまったくない。
　しかし、それは確かにそこにいるのだ。およそ107.5インチの辺を持つ立方体、ちょうどその程度の容積を占める空間に、奇妙な力が渦巻いている。

　そして、それは泣いていた。声はない。身動きもない。涙をこぼすこともないが、間違いなく。
　それは泣いていた。なにかを嘆き、泣きながら、動いていた。
　ゆっくりと、どこかを目指して動いていた。