ENo.0163　《不殺の魔王》と《神殺し》

この世界は優しくて、暖かい。
シュニーフィカ・エンディローアが物を売る魔王の一人になってから4週目に感じたのは、そんなことだった。

今の今まで、シュニーフィカはたった一人きりで時間を過ごしていた。
エネミーという仲間たちはいたけれど、人の形をしていないものばかりだったし、言葉らしい言葉を発しないものばかりだった。
それでも大切な仲間であることに変わりなかったけれど、ただのプレイヤーだった頃の記憶が残っているシュニーフィカにとって、それは孤独感と寒さを感じさせるには十分だった。

ほとんど人が来ない場所で、いつもたった一人で過ごす時間。
その時間に慣れきってから自分以外の他人がいる環境に戻ってくるというのは――とても、とても暖かくて優しい世界だと感じた。
しかし、他人がいない生活に慣れきってから急に他人がいる生活に引き戻されると、それなりに問題も発生するわけで。

「……う、ううぅ……人怖い……」
「……本当に他人が苦手なんだね、主様」

ダンジョンの端で膝を抱えて座り込み、唸るような声で呟く。
燕はそんな状態のシュニーフィカを見ながら、どこか困ったように苦笑いを浮かべていた。
勇者たちが来るようにダンジョンを開放する前の、決まりきった儀式のようになってきているが――未だに、慣れないのだ。
自分が管理しているダンジョンに、一度に大量の他人が入り込んでくるというのは。
しかも、自分たち以外にも、同じように魔王をやっている者もいるというのは。
シュニーフィカにとってダンジョンといえば、ほとんど誰も来ない場所という印象になっていたから、余計に。

「……ごめんなさい燕さん……毎回毎回迷惑かけて……」
「いや、別に迷惑と感じてないから大丈夫だよ。それより、主様が無理をしていないかのほうが心配だな。どうしても駄目そうだと思ったら、僕が全部相手をするよ？」
「いえ、……それは、なんだか駄目なような気がするんです」

ダンジョンの主が側近に全て任せて、奥に引っ込んでしまうのは――シュニーフィカにとって、許されないことだ。
いつも一人きり、ダンジョンの奥深くでエネミーを倒しながら進んでくる者たちを――いつか自分を倒して（ころして）くれる相手を待っていた、自分にとって。
管理するダンジョンに足を踏み入れた者を最後に歓迎するのは、魔王である自分でなくてはならない。

「……そうかい？　本当に、それは無理ではないんだね？」
「大丈夫です。無理ではありませんから」

時間が近づいてくる。
身体の震えが和らいでくる。
同時に、頭の中に直接冷水を注ぎ込まれたように冷静さが呼び戻されてくる。
ゆらりと立ち上がり、シュニーフィカはプリズム色の瞳で燕をじっと見つめた。

「そろそろ始めましょうか、燕さん。時間も近くなってきましたし」
「OK。今日もばっちりサポートするから、安心してて」

黒い手袋で覆われた手が、くしゃりと長い髪を撫でてくれる。
自分よりも背の高い燕の背中を少しの間だけ見つめて、シュニーフィカもそっと後に続いた。
――今日も、暖かくて賑やかな時間がやってくる。

――それは、《不殺の魔王》が座していた場所。
仮想と電子の隙間、誰にも立ち入られぬはずだった孤独の籠。
迷い込んだ者を引き込み、王とする、美しくも残酷なる水晶の牢獄。

淡く七色に輝く水晶が散りばめられたその場所を模した空間は、死を好まぬ魔王と常に共にある。

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◇ 魅力と笑顔でなんやかんやしたいユニオン。
◆ そのときの気分で魅力と笑顔をあげていきたい。