ENo.0092　エン・レイ

【９ページ目：風邪を引いて寝込みました。】

　情けない事に、風邪を引いてしまいました。
『知らねえ場所に来て、ずっと緊張してたのが、気が抜けたんだろ』
　あの人はそう言って、今日一日休むように勧めてくださったので、素直に布団に入って、そこでこの日記を書いています。
　はながずびずび、咳がごほごほ出て、熱も上がっているようです。

　こんな時は、昔の事を思い出します。
　ずっとずっと昔。私が『アルテアの魔女』になるより、ずっと前。英雄になったばかりのあの人と、暮らしていた頃。
　やっぱり風邪を引いて寝込んだ私の為に、あの人が、お粥を作ってくれました。
　あの人を育てたお義父様が、あの人が子供の頃、熱を出して寝込んだ時に、作ってくださったものと同じ味付けだそうです。
　するすると食べやすくて、弱った胃腸に優しい味でした。

　ああ、なんだか。
　あの味が恋しいです。
　お店の様子を心配するより先にそんな事を考えるようでは、魔王失格ですかね。

「……という訳で、エレが寝込んだから、今日は俺とお前で店を回す」
「コーヒーは俺が淹れる。お前は配膳と、エレに教えてもらった料理の中で、間違いなく作れる物だけを作れ」
「余計な事はするなという事だな、わかった」
「だが、見ていた限り、貴方は彼女の後ろに立っているだけの事が多かったが、大丈夫なのか？」
「侮るなよ。ただ突っ立ってただけじゃねえぞ」
「豆はあいつがブレンドしたものがある。淹れ方はずっと見てたし、あいつに教わった」
「『レシピ通りにやればそれなりにできる』ってのは、お前と同じって事だよ」
「成程。さすがは夫婦だな」
「……………」
「どうした」
「私にも、そうやって根気よく料理を教えてくれる相手がいたような気がしてな」
「そうか」
「……早く戻るといいな、記憶」
「それは『お邪魔虫はさっさといなくなれ』という意味か？」
「まさか」
「相方がいなくなって、一人で残された奴がどういう思いをするかは、知ってるつもりなんでな」
「……そうか」
「あと、厨房が一旦落ち着いたら場を代われ」
「あいつに、作ってやりたいものがあるからな」

『資料室』と書かれたドア看板の下に、『飲食厳禁　飲食はフードコートで』とか、『資料の外部持ち出し厳禁（館内は許可）』とか、そんなことが書いてある。
ここは水族館の資料室だ。あなたはここで様々な海の生き物の生態が書かれた本や、あるいは水族館職員のつけた記録を読むことが出来る。
――そして、この水族館には存在しないはずの、『人魚』という存在について、非常によく知ることが出来るだろう。

*知識全振りユニオン*
*ユニオン購入は独断脳死予定*
*細かいことは以下のURL*

http://midnight.raindrop.jp/trieste/union.html