ENo.0181　アンナロッテ

リリアンの日記
第五週目

　ひどい目に遭った。いちゃもんつけられるのはいつものことだけど、手を出してきたのは初めてだ。まったく、あんたらの商品が売れないのはあんたらのせいだっつーの。アタシのせいじゃない。それをいちいち。
　だいたい、文句言われるほど売れてもいないんだから。不買してるのも、禁断症状が出るなんて噂流してるのも、あいつらに決まってる。
　禁断症状なんて出ない。この粉は、そんなものじゃない。ただの、ある種の幸せを結晶化しただけのものなんだから。


＊＊＊

　ページが震えている。めくる手が震えているから。アンナロッテはノートを閉じた。長く息をはく。吸う。
　リリアンの日記を見つけたのは、たまたまだった。粉を片づけていたのだ。ワダツミが漁っていた箱に、使うつもりでいた粉と、使いかけの粉をしまっていたときだった。箱の隅で、袋と袋の間から角を覗かせていたノート。古ぼけた、ぼろぼろの、見覚えのあるノート。
　リリアンの日記は、一週目から書かれていた。几帳面なリリアンらしい。でもそのわりに、内容はぼやきや愚痴の類だ。なにがあったのかとか、なにを考えていたのかまではわからない。
　それに、一週目、最初のページにさえ、アンナロッテの名前は一度も出てきていない。
　いくら深呼吸しても息が詰まる。リリーにとって、ロッテは、わたしは、わたしが死んだことは、大した出来事ではなかったのだろうか。
　そうかもしれない。
　リリーとは喧嘩ばかりだった。几帳面で、なんでもそつなくこなして、ぶっきらぼうなリリーに、わたしは一方的に懐いていただけだったのか。
　それなのにリリーはアンナロッテを生き返らせてくれた。それも、命と引き替えに。
　リリーになにか起こったのかもしれない。いや、そう考えるほうが妥当だ。アンナロッテが死んでから、リリアンにはなにかが起きた。だから彼女はアンナロッテを生き返らせなければならなかった。
　なぜ？　どうしてアンナロッテだったのだろう？　生き返らせてまでして、なにが必要だったのだろう？
　リリアンになにが起こったのか、知るためにも、この日記を最期まで読む必要がある。それに、予感がある。この日記には決定的なことは書かれていない。だから、ためらう理由など、ないはず。
　ロッテはリリーの日記を撫で、ページの隅に手をかけた。
　ずどどどど。ずばん！
「「ロッテどのー！　ひどい！　あんまりです！　弥生氏の元に置き去りにするなんて！　泣いちゃいますので！」」
　店の戸をぶち開けたワダツミが、ぼんじりのたれをまきちらしわめく。ポンコツの足下で、ワダツミ（電気床）が自分の勤めにひいひい言っているのも合わせて耳鳴りがした。
「「あっ、あっ、ロッテどの？　ステイ！　ステイ！　金属バットは痛いので、優しくソフトな慰めを！　希望します！　プリーズ！　あっ、あっ、そんな、ヘルプ！　ヘルプ！」」
　ワダツミを叩いて延ばした電気床が増えた。以前作ったものと重ねて使うと、防御力が増えそうな感触がする。声も二重になってうるさいけれど。
　そんなワダツミを店頭に設置したのに、売り上げは上々だった。なにが起こるかわからない。
　次回は大量の商品が必要になるらしい。リリーの粉が、まだロッテには手放せそうにない。