ENo.0073　王国軍とりで

　デ・ア・ルミアでは軍は汚れ仕事であると同時に出世すれば確固たる地位が約束される。
　徴兵された男子や自ら志願したもの軍に属するきっかけは大まかに二つだったが
　後者はまぎれもなく、それに限らず利点をみて兵役に身を置いたのだろう。

　軍長、エーベルハイトもその一人だと噂されるが
　その出自に関する話は一言たりとも誰の耳にもはいることもなければ
　口から出ることもなかった。
　みてくれから年齢を想像するにもまだ若いほうだというのに。
　それがここまでのし上がったのは
　傍若無人たるその性格だけでなく腕っぷしによるものなのだろうが。

　記録係たる　アンディ　こと　アンドレアス=ヴェーバーも
　無論皆が知らないことを知るはずがなかった。
　知ろうということすら彼の頭には浮かびもしない
　ということが正しいのだろう。

　そして恐らくほかの兵士も……
　よほどのもの好きがいたとしたらまたそれは別ではあるが。

　彼の実家は新聞屋　否、記者というほうが正しいだろう。
　それがゆえに記録係についたといっても過言ではないし
　実際彼のペン運びは速く、しっかりとしたものと定評があった。

　だからこそアンディには
　先日の言葉が酷く冷たく突き刺さっていたのだろう。

『代わりはいくらでもいる、相応の働きをしないくらいなら処分したほうがまだ役に立つ』

「……僕は」


「……!」

　青年の顔から血の気が抜けていく……眼球はがたがたがたと弧を描き
　脚は生まれたばかりの有蹄類のように
　今ここで足を折ったとて無理もないほどに震え
　歯茎はぎりぎりと噛み締められ
　掌に爪が食い込むほどに拳を握り締めたかと思うと
　怒りに狂った獅子のように顔をゆがませ咆哮する。

「なんでこんなところに送られてしまったんだ、僕は!」

　アンディは今さっき書き終えたばかりの
　ボロボロの日誌を床に乱雑にたたきつけては
　近くの木製机の上にあるものをかたっぱしから払い落とし、
　ぐちゃぐちゃと落としたものを踏みつけかき混ぜる有様。

　ほかの兵の視線のなか、あたりが書類と筆記用具
　その他のもので散らかりかえった後
　憑き物が取れたかのように　すっ　と
　彼の身体中力が抜け、その場に崩れ落ちる。

「アスパラ……ベーコン……」
　くだらない、些細な　あたりまえにそれを手にすることができるような欲。
　毎日毎日、いつ何時たりともそんなことしか言えもしない。
　ぐしゃぐしゃ　だ。　書類も彼の顔も。

　零れたインクが重要な報告用紙にシミを作ろうとも
　そんなことに回せる気はとても彼に残っているようには見えなかったことだろう、
　周りの兵は当たり前のようにただ坦々とそれを始末する。

　そうして何もなかったかのように
　崩れ落ちた彼だけを残してその空間は元通りになった。

笑う門には福来る　即ち勝者たるもの高らかに笑え