ENo.0196　毛皮の無い白狼の魔王

少年は、出る時同様けらけらと笑いながら玄関を潜った。
両脇に一本ずつ支え付きの杖を挟み、杖先と棒のような義足を交互に支えにする挙動は一度の外出で酷く手馴れたものになっていた。

「御苦労様。その泥塗れの顔を拭いなさい。」

言われるがまま、女の差し出す布を受け取った。頭、顔、首、腹、股座と言われもしないのに全身を実に気持ちよさそうに拭う。
ダンジョンには雨が降る。それは天から降るものより余程移り気で、乾いた地面の一歩先がぬかるんでいることすら珍しくも無い。
少年は逡巡しない。懐に飛び込むためであれば、尖った岩肌に顔面を打ち付けることすら躊躇は無い。それがぬかるむだけで絨毯にさえなる泥土であれば尚更であった。

「フイーッ、気ン持ちいい
　ありがと、カラ」

それが彼の勇者としての素質であり、怪物としての要件であり、カラ……この白い女が彼を寵愛する理由であった。

「で、カロス。随分と愉しんだようだけれど。」
「いや、全然。あいつら、てんでなっちゃいないよ。のろすぎ、貧弱すぎ、張り合い無さすぎ……
　今じゃあんなのが勇者やってるの？」
「……カロス。私の面を良く見て答えなさい。貴方、何を頼まれたか忘れたの？」
「名前だおれの勇者に戦闘の何たるかを教育、でしょ？」

実にあっけらかんと答えるカロス……この黒い少年に対し、カラは長い白髪をかき分けて眉間を揉んだ。

「それは売り物として、よ。本懐はそれで相手を満足させ、彼等から代金を取り立てること。」
「何で？」
「私の趣味のためよ。」
「でも、カネの取り方とかわからないな……僕は戦うことしか知らないよ？」

何がおかしいのか、カロスの笑いは次第にげらげらと品の無いものへと変わっていった。

「だから、よ。今はそれが金銭に値する。
　失われつつある牙、戦いの律動。そして、それはこれからこそ必要なものだから。

　ああ、それに金がなければ貴方の足も作れないからね」