ENo.0196　毛皮の無い白狼の魔王

脂の焼ける香ばしい匂いに、薄い瞼がひっそりと持ち上がる。
白く長くたっぷりとした髪が流れ、柔らかい肩で別たれ、豊かなまろみを伝い零れ落ちる。
褥から身を起こした白い女は、食欲を掻き立てる香りの発信地へと緩やかに歩き出した。


「おはよう、カラ」
「ああ、お早う、カロス。」

黒い少年がにこやかに笑いかけ、女はそれに鷹揚に応えた。
少年は笑いながら、潰してこねた肉塊を次々と調理鍋へと投じていく。熱された油と赤い肉が触れるたびに細かく弾け飛ぶような音が無数に連なり、芳香があたりに響き渡る。

「突然細切れにしてくれと言った時はどうするつもりかと思ったけど。考えたものね。潰して屑肉にしてしまえば刃物はいらないな。」

つまらなそうに感嘆する女は、しかし何の反応も無いことをちらりと見やると、手をひらひらと上げてこぶりな角卓へと足を向けた。
少年はといえば、爆ぜる脂と変色していく肉の上げる絶叫に目を輝かせながらそれらを転がしている。こういった時、夢中になった彼は周囲に対しまるで頓着しないことを女はよく知っていた。
腰掛け、けらけらと笑いながら鍋を揺する少年を目を細めて眺めていた。

「できたよ」

跳ねた脂で顔中べとべとになった少年が、実に楽しそうにハンバーグを皿に移して持ってきた。
一歩……否、”一手”毎にひょこひょこと跳ねるようにしているのは、単純に彼の片手が皿で塞がっていることや、彼の両脚が腰の付け根から喪われていることとは特に関係が無い。単純に楽しくて陽気になっているためだった。

「いただきます」
「おあがりなさい。」

未だ熱のままに燻るような音を立てる肉塊を、少年は手づかみでひょいひょいと口へ運んでいく。
女は口を挟まない。彼女は、少年のこうした無邪気さと糧を楽しむ姿が好きだった。

「ごちそうさまでした」
「じゃあ、そろそろ働いてもらおうかしら。」
「へ？」
「………………」
「……何のこと？」
「……後で話すわ。まあ、楽しいことよ。さ、手を拭いてそこの義足を着けなさい。そしたら貴方は表に出て」
「勇者の相手？」
「そうよ。」