ENo.0097　安藤つくし

私、アンナロッテ。

甘いお菓子の匂いがする女の子は、そう言って恥ずかしそうに目を伏せました。

「アンナちゃん」
「なろちゃん」
「アンナ氏」
「なーちゃん」

そんな彼女におかまいなしに、俺とすーくんは初対面でも秒で慣れたので勝手にあだ名を付けて好きなように呼びまくりました。二人とも、思ったことが脳みそを通らずに口から勝手に出てくるタイプなので許して欲しい。

「え……あの、えっと……？」

そんな俺たちの予想外のウェイ具合に、アンナロッテは可哀想なくらいおろおろとうろたえました。心なしか城の扉がちょっとずつ閉まろうとしている、その向こうから声がしました。

「ロッテ殿ー！ 何ですかその不審者たちは！ 今お助けいたしますぞ！」
「ぶべ！」

次の瞬間、俺の顔面ど真ん中に、何か金属のロボットの手みたいなものが……と言うかまさしくロボットの拳がめり込んでいました。ロボットのパンチが、俺の顔面に炸裂したのです。

「うわー！？ ワダツミ！？」
「ロッテ殿！ 大丈夫ですか！ 悪漢は今このワダツミが成敗いたしましたので！ 残るはそこの喋る奇妙なクマのぬいぐるみだけ！ お覚悟！」
「いや、あなただって喋る奇妙なロボットでしょ！ て、て言うかだめ！ ワダツミ！ お客さまに暴力振るっちゃ、だめ！」

何やらわちゃわちゃと、アンナロッテと俺にパンチを見舞った喋るロボット(ワダツミというらしい)がもめていますが、俺はなんかもう普通に痛かったので顔面を押さえて「ぬおおおおお」とうめき声をあげてその辺を転げ回ることしかできませんでした。

助けを求めてすーくんを見上げると、げらげら笑いながらスマホを出して俺の悶絶する様子を動画に撮っていました。

こいつ絶対いつか同じ目に遭わす、と誓いました。

「あ！ ていうか、そう！ お菓子買いに来たの！ 俺たち！」
「茶色い座布団が食べたい」

むくり！と起き上がって俺が叫ぶと、すーくんもすかさず、ぼそぼそとした声で恥ずかしそうにつぶやきました。「パンケーキのことです」と俺は頷きながら言い添えました。

「そういうことなら……まあ……」

アンナロッテの手前もあるのか、ワダツミは案外素直に拳を収めてくれました。アンナロッテもかばうように言いました。

「そ、そうなの！ この子たち、同じ魔王みたいだし……怖い人じゃ、無いと思うの。上がってもらってもいいでしょう？ ね、ワダツミ……」
「しかしですねえ……」

よほど過保護なのか、ワダツミはなおも不承らしく、難しい顔をしています。そんなワダツミに向かって、アンナロッテは悲痛そうに、張り裂けるような声で言いました。

「っ……！ ワダツミは、何にもわかってない……。私だって、一緒にお話できる魔王の子が欲しいの！ 一緒にお茶会したり……そういう仲良くできる、女の子のお友達が欲しい……！」

「……。」
「…………。」

俺とすーくんは、顔を見合わせたままけっこう長く黙りました。



黙ってたほうがいいかな。

いや、詐欺だろそれは。教えるなら今だって。



そんなやり取りを視線だけで交わして、すっ……と俺は黙って手を挙げました。

ワダツミとアンナロッテがこちらを見ます。

俺はスカートを広げて仁王立ちになり、胸を張って、不敵に笑いながら名乗りました。

「自己紹介がまだだったね、アンナロッテ。俺、安藤つくし！ 押しも押されもせぬ日本男児！ 好きなタイプは兄さんみたいな女の子です！ よろしく！！」

ワダツミとアンナロッテが、情報を処理しきれずにフリーズするのがわかりました。

あらゆる種類の木々がねじれ、取り込まれた一本の大樹が生えている。

『プランタ・タルタリカ・バロメッツ』と書かれた看板があるが特に羊が生えてくる様子はない。

様々な形の葉が作る木漏れ日の下にあるハンモック、ごつごつとした木肌にはめ込まれた丸い窓。




これは『気品』ある、巨大なツリーハウスだ。


・気品ユニオンをします
・ツリーハウスへの来訪、宿泊、生活が可能です
・カントリーな雰囲気のおうちライフが楽しめます
・火気許容状態