ENo.0255　アスロェ

　感情を売り払って得た資金で、僕は何とか魔王としての道を歩み始めた。
感情を無くした僕には哀しみも憤りも、羞恥も無い。
ただ冷静に魔王の宿業を果たす為に行動できる。
これは大きな武器では無いだろうか。

………
……
…

「良いかい、私が感情を買い取ると言っても、キミは全てを無くすわけではないんだ。」

　仮宿の魔王は僕にケーキを食べるように促す。
このケーキを食べずに感情を売ってしまえば、このケーキの美味しささえも気付けなくなるのだからと。

「なぜなら、本当に感情を全て無くせば人はその時点で終ってしまう。
　魔王として生きるなんて意欲さえも失われるだろう。
　人というものは、感情を燃やしながら動くマシンのようなものなのさ。」
　　
「……。」

「私が買い取れるのは、表層部分…いや、それでも十分な量だが、そんなものだ。
　だから、キミの奥底には感情の欠片が残される。
　その感情は、永遠にキミの中で眠り続けるかもしれないし、何らかの形で、キミに今日の選択を後悔させるような、激しい力を持つかもしれない。
　それだけは覚えておくんだ。」

「…はい。」

…
……
………

　正直に言えば、仮宿の魔王の言葉は良く分からなかった。
あの時の、そして今の僕にも必要なことは魔王として進むための資金で、それ以外は何も要らないからだ。
さて、今日も護衛を雇うとしよう。

　カルマ勇者

　今日の戦場では、以前の僕にとっては恐怖の対象でしかなかった奴らが群れているのだから。

　仮宿の魔王に教わった術で護衛との契約を行った僕の前に現れたのは、翼を持った少女だった。

「また女の子…？」

　また僕と同じくらいの年齢の女の子だ。
しかも、前回の子はまだ鎧に身を纏っていたが、今回の子はボロボロの服を着ている。
僕と似た境遇の貧困児って感じだ。

「……。」

　少女は無言で頷き、翼を広げた。
飛ぶのかと思ったが、どうやら翼が有るにも関わらず飛べないようで、要するに護衛だぞという意思表示のようだ。

「分かったよ。じゃあ、宜しく…名前は？」