ENo.0011　黒羽＝クエーサー・セバスチャン

「そろそろお終いか？」

……もう立てる力など残っていない。

「これで終わりだ、さよならフォスキーア」

槍が身体を貫き、蒼い炎が全身を覆いつくした。

今まであったことが頭の中を駆け巡る。
民たちの笑顔、黒羽やロウとの楽しかったお茶会。
ボクによく似た白い髪と赤い瞳の小さな女の子がボクの作ったクレープを美味しそうに頬張る姿が見えた。

『おかーさんの作ったプレープ、とても美味しいよ！』

どうしてこんな大切な娘のことを忘れていたんだろう？
あぁ、そうだ。娘を迎えに行かないと。
でももうボクはもう立つ力なんて残っていない……

『＊＊＊、ごめんね。ボク、迎えに行けないや。
　ダメなお母さんでごめんね』

『ミケル様、ミケル様！』『ほら、こっちです』『頑張るにゃ！』

黒羽がボクを背負い、ロウが励ます。
意識が遠のく。

気が付き、目を開けると黒羽とロウが覗き込んでいた。

「気が付きましたか！ミケル様、浄化に成功しましたよ！！」

どうやら話を聞くと、ネモフィラがボクを弱らせて浄化したらしい。
なお、黒羽にだけ戦う前に事前に説明してあったらしい。

「すまなかった、フォスキーア……いや今はもう"ミケル"だな。
　愚弟のしたこととはいえ、お前には迷惑をかけた」

「謝らないでよ、ネモフィラ。
　ここにこうして着ぐるみを着ずに立っていられるのも君のおかげなんだよ。ありがとう。
　黒羽もロウも一緒に頑張ってくれてありがとう」


呪いがかかっていた跡は残り、髪は黒く変色してしまった。
けれども呪い自体はすべて浄化された。



　　　　　　　＊　＊　＊



「誕生会の途中で出てきてしまってよかったのですか？ミケル様」

「うん、もうお祝いしたし、ボクにはもう時間もないからね」

元々呪いで寿命はかなり消耗していたはずですので、むしろ生きていることが不思議なくらいです。
いつもの三毛猫の着ぐるみを着ていらっしゃるミケル様。
出かける時は来ていなかったような気がするのですが。

「ところでなぜもう着る必要がない猫の着ぐるみをまた着てらっしゃるのですか？」

「うん？ほら、これ着てないと紅茶の女神の誕生会でボクが誰だか他の神々もわからないでしょ？
　それにこれはボクの友人が作ってくれたものだし、何よりボクの身体の一部と言ってもいいくらいだしね！」

着ぐるみを着ているので表情こそわかりませんが、声から笑顔であることは間違いありません。

「黒羽、今の今までありがとうね！
　そういえば、黒羽のお願い聞いてなかったよね？君は何を望むの？」

「望みが叶うならぜひ私めを鞭で……というのは冗談ですので無言でこちらを見ないでください！
　真面目なシーンなのに無言の圧力が嬉しくてついついハァハァしたくなってしまいます！！
　あぁっ、もしやこれは私めに対する羞恥プレイという名のご褒美なのですね！
　ありがとうございますありがとうございますっ！！！」

「いや、それはないから」

冷静に一刀両断されてしまいました！

「即否定するとは黒羽はとても悲しゅうございます。
　……そうですね、少なくともミケル様が死ぬまではミケル様の執事を続けたいということですね。
　コロコロと主（あるじ）が変わるのも好みませんし、何より老い先短いミケル様を放っておけませんから」

「黒羽、ありがとう！
　でもいいの？旅の途中だったんじゃ？」

「あれは新しい執事の職を探すまでの退屈しのぎの旅でしたし、後回しでも構いませんよ。
　そうそう、ついでにロウ君を元居た世界へ送っていただけると助かります」

「それには及ばぬ。私が送って行ってやろう！」

「あれ？ネモフィラ、帰ったんじゃ……」

そこには三角のパーティ帽にケーキをむしゃついているネモフィラ様の姿が！

「ついでだ！これはついでだから！！決してパーティだから浮かれていたとかそういうのではない！！！」

「……生真面目な女神として名高いネモフィラの意外な一面を見た気がする。
　とりあえず、ロウはネモフィラに任せるねって……肝心のロウは？」

「奴ならさっきパーティ会場でケーキを食べていたぞ」

「ロウさん、ブレないですね……」

「黒羽もね……」

おや、ロウさんと一緒にされるとは心外ですよ、ミケル様。

一か八かの賭けでしたが、ミケル様の願いを叶えることが出来ました。
鞭で打たれるのもご褒美ですが、主（あるじ）の笑顔こそ私めの最高の褒美です。
執事家業をしていて良かったと思える瞬間です。
あとはミケル様のお嬢様を探し出すことですね。
残された時間は少ないですが、全力を尽くしましょう。

「ミケル様、今まで楽しかったにゃ！ありがとうにゃ！」

「うん、ボクの方こそ楽しかったし、ありがとう！」

「娘が無事見つかることを祈っている。何か情報を手に入れたら御使いを送ろう」

「色々とありがとう、ネモフィラ」

「さぁ、行きましょう。ミケル様」

「うん、いこっか」

こうしてミケル様と私は新たなる旅へ出たのでした。