ENo.0036　焼却された紫の冠を頂く異邦の君

夢と思しきその空間は、起きているときの城とほぼ変わりない間取りだった。異世界の尺度で「四畳半」と数えられる程度の広さしかない石造りの部屋、山のように積み上げられた本、硬い寝台、鉄格子の嵌った狭い窓。カブリールが『牢獄』と呼ぶ、彼の自室。
ただ一つ、現実と違うことがあった。

影。
『牢獄』の片隅にぼんやりと立っている。

背丈は、およそ170cm代の後半。180を超えているカブリールよりかはいくらか低い。細部は、まるで分からない。黒い影、あるいは靄としか形容しようのない存在だった。おおよそ人間が一人立っているようなシルエットだったが、無数の矢が突きたったような輪郭をとることもあれば、頭部に近い部分に細長いものが巻き付いていたり、突然ぐしゃりと崩れてただの黒い塊になったりと、度々その形を変えた。
気味が悪くないと言えば嘘になる。しかし今はカブリールも亡霊のようなものだ。亡霊が亡霊を怖がるなど冗談にしては程度が低すぎるし、何よりこの影からは、害意のようなものはまるで感じられなかった、

「……誰だ、君は？」

思い切ってカブリールはそう尋ねてみたが、反応はなかった。ただ音もなくその輪郭が揺れているばかりだった。
影は基本的に牢獄の片隅に佇んでいた。時折、ふらふらと外へ出て行くことがあった。どこを彷徨っているのかはカブリールも知らない。カブリールの領地の外まで行った時はただの通過者かと思ったが、カブリールの予想を裏切って影は戻ってきた。

そして今も佇んでいる。そこに。

カブリールの自室。
夢の中でも相変わらず本が多く、狭苦しい。

隅の方に、音もなく黒い影が佇んでいる。