ENo.0001　朝焼け3時の魔王『ターピ』

朝焼け3時の魔王は誰よりも早起きで。

朝を告げる鳥などいなくとも、

自分の蹄二本で立ち、朝靄にパイプの霧を混ぜる。

…………

早朝3時。太陽の光が、夜空に明るさを薄く、薄く流し込む時。

___オレは異常な体の重さで目が覚めた。

「…？」

地面に縫い付けられたように動かない。自分の心臓の音がやたらドクドクと聞こえるし、なんか熱い。

…熱い？オレはもう、そんなこと分かるような『身体』を…

疑問に思った時、ずるりと右腕が動いてくれた。目はまだ霞んで、霧を目の中に流し込まれたような視界だけど。

滑らかに生え揃い、白と黒のコントラストを揃えた羽。
それが生えている『幹』…腕は、なかなかがっしりと大人っぽい。

「は……ゔっ？！」

『はぁ？誰だよ、これ』と言おうと震えた喉の音。
よく通る、ノイズもハウリングも起こらなさそうな低い声。
これこそ誰の声だ？

「あぁ、ゔー、ぇ」

そのくせ出そうと思った単語が出ない。赤ちゃんみたいだ。
腰もむず痒い。生きてた頃にちょうど生えかけで、抜きそうになるのを必死に我慢してたっけ。

…あと、視界がぼやけてるのは目の調子が悪いだけじゃなかった。長くゆるゆると伸びた髪が邪魔していた。



『……早起きでよろしい』



声が、聞こえる。耳もまだぼやっとしてるけど。
ふわふわと鬱陶しい髪を…クソ、振ら払おうとしてんのに。


……蹄の、三本指の手が、代わりに髪を退ける。
木漏れ日にちらちら光るこれは、朝焼けだろうか。


『おはよう我がしもべ。契約はお前がここに現れたことで今成った。』


妙に早口な女の声。黒い蹄、白い肌…大きな胸。オレの目にはそれしかわからない。が。

オレはお前のしもべになった覚えなん…て。
「お、おぁ゛ー、…ゔ、んん」

『…ふふ。5年ぶりに体重が数千倍にもなったのじゃ、最初は慣れんか。失念しておったがその囀りも…可愛いものよ』

勝手なこと、言うな！
「がっ……ああー！！」

……あまりに無力だ。この女は、なんだ？
そう考えたと同時に、見慣れたデザインの水兵服が目の前に投げ込まれた。

『私はターピ。この眠らぬ城を四畳半収める』

『魔王であるぞ。』

…魔王？

『最初から頭が低いので褒めてやろう。まずそれを着て、それから食事。契約初日とて容赦はできん。勇者は今も攻め込もうとしているのじゃ、侵攻の手は緩められん』

勇者…？侵攻…？？

『何をぐずぐずとしておるか。お主、裸じゃぞ』

何が何だかわからないうちに情報をマシンガンのように叩き込む女。頭が痛くなりそうだし裸と聞いたら急に恥ずかしくて、腹の底がぐらぐらするのに……動けねえ。クソ、クソ。

『……仕方ないの。お主の契約初日の仕事は。肉を持った身体に魂を馴染ませることとする』

歯ぎしりするオレをついにみかねたか。


女は、蹄のある手でオレの手をとった。

あらゆる種類の木々がねじれ、取り込まれた一本の大樹が生えている。 焦げかけの看板に『プランタ・タルタリカ『ルマ 』・バロメッツ』とあるが特に羊が生えてくる様子はない。
様々な形の葉が作る木漏れ日の下にあるハンモック、はめ込まれた丸い窓。ごつごつとした木肌葉が黄色赤に色づき、時々あるところから甘い香りの煙が立ち上る以外このツリーハウスに変わった様子はないようだ。
朝焼けを浴びると燃えるような輝きを見せ、ぱきり、ぱきりと樹が伸びる音がして、目覚ましがわりになる。正直早すぎる。