ENo.0316　怪奇名『日光』と被害者番号V-0028

　窓口が三つある案内所と、広いエントランス・ホール。
　展示室A・B・C、企画展示室1・2、野外展示室。
　小洒落たお高めのカフェ。
　カラフルなミュージアムショップ。

　美術館だ。至って普通の美術館。
　目の前の絵画が喋ってること以外は。

「どうしたの？　ハルコ。そんなに難しい顔して」
「わんわん」
*ばさばさ*
「あら～ハルちゃんはまた考え事？　女子高生って多感なのね～」
「هاروكو، ماذا ستفعل لتناول الإفطار اليوم؟」
「ハルコ、変な顔だわ」「変な顔」「そうよね？」「そう思う！」

　いや違うわ、普通におかしいわこの美術館。おかしいのこいつだけじゃないもんいっぱい居たわ。っていうかおかしいところしかない。

「あーはいはいお気遣いどうも。……朝ご飯？　軽めでいいかなあ」

　そんなことを思いつつも絵画たちに適当な返事ができる辺り、このおかしさに慣れ始めている自分が怖い。
　もう何日になるんだっけ。6週目？

　ひいふうみい。思い思いに喋ったり歩いたり飛んだり跳ねたりする美術品……美術品はほんとは喋らないんだけど、とりあえず美術品たちを数える。
　残りは9。
　溜息が出た。

「折り返しですらないな……」
「Rome ne s'est pas faite en un jour.」
*じゃらじゃら*
「えー何々、そんなに僕たちのこと心配してくれてるの？　嬉しいなあ」
「いや違うから。早く帰りたいだけだから」
「ハルちゃんは正直ねえ～正直は美徳よ～」
「わんわん」
*ごろんごろん*
「あーっもううるさい！　いっぺんに喋るんじゃない！　もうすぐお客が来る時間でしょ、さっさと持ち場について。売れるもんも売れなくなるよ。いいの？」

　そう言ったのを合図に、わっと美術品たちが散らばっていく。呑気にも楽しそうだった。
　溜息。まだ一日も始まったばかりだっていうのに二回も溜息をついてしまった。
　でもまあ、こんな状況だからしょうがないと思う。っていうか溜息で済んでるだけ偉すぎない？　そうだ。偉いぞあたし。

「えーっと、今日の降水確率は……11%か。まあ、行けるかなぁ……」

　降水確率と、風向きと、第16ブロックの面々を見ながら、現実逃避気味に、あたしはこんなことになった経緯を思い出していた。

　画家バルトリのアトリエ。
　あるいは美術館。
　あるいはひとつの怪奇現象。