ENo.0258　腐骸の城塞

今にも崩れそうな古城の屋上に、一人の魔王が蹲っていた。
力を失い死にかけた彼を、二つの異形の影が見下ろしている。

一つは、獅子を思わせる横顔の、獣の脚を持つ甲冑の男。
一つは、腰から生えた翼を折り畳んだ、痩身の軍人風の男。

二つは共に値踏みするように男を眺め―

「腐骸の城塞、サブナック。おまえの願いを聞き、此処に顕現した」
「戦場喰い、ハルファス。異界の魔王よ、お前の声は俺を喚び寄せた」

同時に名乗りを上げた。

「……」
「……」

そして顔を見合わせて。

「おい獅子頭。これは俺を喚んだのだ。お前の出る幕ではない」
「そう言うな血濡れ鳩。十全でない今のおまえならば、私でも深手を負わせることくらいはできよう」

互いに威嚇の言葉を吐いた。
軍装の男は外斜視の左目で甲冑の男をじろりと睨めつけた。
その赤い瞳を、獅子頭も暗い金目で見つめ返す。波打つ髪がぞわりと動いた。

「……なあ、あんたら、本当に悪魔なんだよな？
　オレの願いを聞いてくれるなら、どっちだっていい。
　なんなら、両方だって構わない。
　頼む、オレの願いを叶えてくれ！」

向かい合う異形達の足元に這いずってきた魔王は、必死の形相で二つを見上げた。
その声に両者は再び彼に向き直る。

「……成程。双方に対価を払えると言うのならば、それもいいだろう。なあ、盟友ハルファス」
「……俺は腹を満たせればいい」
「では問おう。私は契約の対価として、おまえの魂を貰い受けよう」
「お前は何を望む？　俺にお前の体を差し出すならば、その願いを叶えよう」

「ああ、構わない。どっちも持っていってくれ。その代わり―」


―この魔王城を、15週間守り切ってくれ。


「請け負った」
「いいだろう」

了承の声と同時に、甲冑の男が差し延べた掌から溢れ出した白い蛆が、軍装の男が掲げた指揮刀から生えてきた黒い鳩が、蹲る魔王に殺到した。
魂と肉体を賭けたこの小さな魔王城の主の願いを、確かに彼等は聞き届け―



斯くして、魔王城の経営は二柱の悪魔に引き継がれた。


***

「それでハルファス、おまえ商売の経験は？」
「ない」
「奇遇だな、私もだ」