ENo.0006　やぎお（Provisional）

「おお、我らが魔王様、さようなら」
「どうか、安らかにおねむりくださいませ」
「あなたがいなくなってしまってさみしいけれど、私たちきっとがんばりますわ」
「このできそこないの世界のどこかで見守っていてください」
　大きなドラゴンが四ひきもあつまって、これまた大きな石の柱を囲んでいる。
　つるつるとあたりの景色を映しだす石には、『いろんな意味でふとっぱらな魔王　コーンザーマ・イケドゥ・デダワ　ここに眠る』ときざまれていた。
　四ひきはお花をたむけ、お酒をかけて、とむらいの歌を歌いおわった。これで、お別れはおしまいだ。これからの新しい生活のことを考えなくてはならない。
　そう、新しい生活を。
「……む、ムフフ……ムグワーッハッハッハ！」
　赤いドラゴンのデアニエンがいきなり大笑いをした。
「自由だー！　オレたちはついに自由になったのだ！　あんなお人よしのバカヤロウのためにガマンをするのも、今日でおしまいだ！！　ガッハハハハハ……」
「ちょっと、そのいいぐさはないんじゃないの、デアニエン」
　青いメスのドラゴン、ネグニアが長い首をぐっとデアニエンにつきつけて言う。
「あなたにとっては気にくわない人だったかもしれないけど、あの人のおかげで助かったモンスターや魔王がたくさんいるのよ」
「そうそう。それに魔王さまが作った学校の子たち、アタイととってもなかよくしてくれたもん。大きくなったらアタイたちや魔王さまといっしょに勇者と戦うんだって、みんな言ってたよ。今回のこと、残念だろうなあ」
　イェンミスという白いメスのドラゴンは、空気の上に寝ているようなかっこうで口をはさんだ。
「そこがバカだというんだ！　なにしろこの世はより大きく、より金持ちで、より強いやつがよりえらいのだからな、みんな寝る間もおしんで強くなろうとするに決まっている。弱いやつを気にかけるなんて同じ弱虫がやればいいことだ。オレ様は弱虫になどならん！」
　どなるように言いはなつデアニエンの鼻に、ふっと気味が悪いにおいが流れてきた。
　四つんばいの黒いドラゴン、シシネトがうっかり毒のため息をついてしまったのだ。デアニエンくらいにもなればちょっと吸ったくらいでは平気だけど、気分のいいものじゃない。
「ううん。魔王さまのやっていたことが正しいとは思わないけど、デアニエンもちょっと考えがたらないんじゃないのかなって思うよ」
「なんだと！」
「みんながみんな君みたいに生きるわけじゃないっての、わかりなよ。でないと足元すくわれるよ。それに、君の考えでいくと……このままこうしてたら、強い君は他の魔王につかまって、またこき使われちゃうんじゃないのかな？」
「ううむ……」
　シシネトが言うことはもっともだ。実際、デアニエンは自分が魔王になるにはどうしたらいいかを、コーンザーマが生きていたころから探していたのだ。
　この世界の魔王は、『支配の魔法』というのを使ってモンスターたちを従えたり、いろいろな罠とか、ダンジョンを形作る部品とかを出したりする。その使い方をデアニエンは探していたのだけど、いくらやっても手がかりも見つからない。
「僕だったらもう一度魔王に支配される身になって、魔王を研究でもして、魔法の使い方を探してみたりするだろうね。まあ、えらくなるとか興味ないからやんないけど」
「だが、もう誰かの言うことを聞くなんてまっぴらごめんだ！　くそっ！　『支配の魔法』は、どうすれば使えるんだ！」
　ここで考えていたってわかることではない。
　デアニエンはみんなを取り残して歩き出してしまったが、誰も追いかけない。
　四ひきは四つ子だけど、もういっしょでないと生きられないほど幼くもない。このままそれぞれ別々の魔王にやとわれたってかまわないのだ。

☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆

　一万階もある巨大ダンジョンの中には、不思議なことに自然が豊かな場所もあったりする。海があったり、川が流れていたり、森ができていたり……昔の魔王の城のあとなんじゃないかとも言われることがある。
　ともかく、そんな森の一つにデアニエンは分け入って、木と木の間のできるだけ広いところを見つけて丸まり、さっきまで眠っていたところだ。白くてやわらかいお腹がクッションになってくれるから、ふとんいらずなのだけど、それでもなかなか気持ちよく眠れなかったのははらぺこだったからだ。
　最後の食事は一週間とちょっと前、まだコーンザーマが生きていたころ、そんなに大きくもないブタを一頭丸のみにしたっきりだった。うえ死にしそうというほどでもないのだが、やせてしまうのは大きくありたいデアニエンには好ましくないことである。
「グフフ、さあて、かりをするとしようか」
　生き物を探す魔法もあるが、使うまでもない。耳をすまし、鼻をきかせれば、そこら中に何かがいるのがわかる。ただ、小さなねずみや鳥なんかをおそってもしかたがない。クマや牛なんかなら少しは食べがいもあるが、もっともっと大きな生き物がいい。デアニエンはいかにもドラゴンらしくどん欲だった。
　と、そこに、遠くから何かが歩いてくる音が聞こえた。
「ン……！」
　デアニエンはすぐさま、はばたき一つして飛び出した。大きくて赤い身体では待ちぶせはできないから、自分からえものにおそいかかって、逃げるひまも与えずに倒すのだ。歩いてくるのが何かはどうでもよかった。
　低く、すべるように飛んでいき……やがて目に入ったのは、白い一頭のヤギだった。
「腹の足しにはなるかな」
　火をはくでもなく、しっぽで打ちつけるでもない。こんなやつは一発かみついて、そのままのみこんでやれば十分だ。
　あわれなヤギの右手、上の方から飛び込んで、アギトを開いた。
「ガァァーッ！」

　にわかにあわただしくなった森の中は、すぐにまた静まりかえった。