ENo.0073　王国軍とりで

　がしがしと金属のような、硬いものをぶつけるような。　潰すような音。
　それに粘着するような何かをこね潰し混ぜる音や臼で硬いものをすり潰す音。
　様々な不協和音が響く中かたかたと機械が規則的に拍を刻んでいる。

　記録係の青年は人形師達の様子を記録していた。
　彼らは王国軍の戦力を大きく占める自動人形を作ることこそ役目であれど
　その忠誠心は下手をすれば雑兵達よりも欠けた者も多い。
　反逆的行為がないよう適宜監視し、記録するのもアンディに押し付けられた役割だった。

　人形師たる基準は老若男女にあらず。　それたりうるものはどのようなものでも軍の監視下に置かれ労働させられる。
　ここで最期を迎えるやもしれない老い先短い老人か、この先ことを抱えていかねばならない幼い子供か。
　区別する必要もまるでないように双眸はうろの如く黒ずみ曇り、自動人形の瞳石よりもよっぽど無機的であった。

　言葉などかわすこともない。　彼らが話しかけてくることもない。

　ただただ　正気が削れるような混ざり混ざった音と
　それにかき消されかけているペンを滑らせる音だけが波となって
　記録係の鼓膜をぐらぐらと揺らしざりざりと溝を刻みつけるだけだ。

　どこか視線が定まらない彼はややおぼつかない足取りでそそくさと厚い鉄の扉のほうへ、
　この空間の外へと向かおうとするものの
　ふと腕にやわらかく小さなものがまとわりついていることに気づき、一瞬硬直しかけつつ振り向く。
　
　どれだろうと一緒だと思っていたそれはぼたんのような大きく丸く黒い目を彼に向け
　にたり　と笑っていた。

　程なくして少女は手を放し作業へと　何事もなかったかのように戻る。
　その意は決して言葉として出ることはなかった。

　しかし記録係にはそれで十分過ぎた。
　彼の中でただ一つの意として形をとり、慈悲もなく脳の中を掻き回し食い荒らす。

　脳食みに正体はない。　実体をもってもいないそれを確かなものと認めることなど誰もできやしない。
　脳に住みついたそれを簡単にないものだと言い放ってしまったとて
　アンディの頭を締め付け蝕むそれを消すことも同じくして不可能に近いこと。

　音一つしない鉄の扉の外とその中。　どちらのほうがよいかなど記録に残す必要もなければ
　それを綴る文字の一つさえ震えたその手は書けやしないことだろう。

笑う門には福来る　即ち勝者たるもの高らかに笑え